・・・自分のの蓋を丹泉の鼎に合せて見ると、しっくりと合する。台座を合せて見ても、またそれがために造ったもののようにぴたりと合う。いよいよ驚いた太常は溜息を吐かぬばかりになって、「して君のこの定鼎はどういうところからの伝来である」と問うた。すると丹・・・ 幸田露伴 「骨董」
・・・ と、俺を見て云った――「なに、じき慣れるさ。」 俺は相手から顔をそむけて、「バカ! 共産党が泣くかい。」 と云った。 箒。ハタキ。渋紙で作った塵取。タン壺。雑巾。 蓋付きの茶碗二個。皿一枚。ワッパ一箇。箸一ぜん・・・ 小林多喜二 「独房」
・・・觀世善九郎という人が鼓を打ちますと、台所の銅壺の蓋がかたりと持上り、或は屋根の瓦がばら/\/\と落ちたという、それが為瓦胴という銘が下りたという事を申しますが、この七兵衞という人は至って無慾な人でございます。只宅にばかり居まして伎の事のみを・・・ 著:三遊亭円朝 校訂:鈴木行三 「梅若七兵衞」
・・・ とおげんは新しい菓子折を膝に載せて、蓋を取って見た。病室で楽しめるようにと弟の見立てて来たらしい種々な干菓子がそこへ出て来た。この病室に置いて見ると、そんな菓子の中にも陰と陽とがあった。おげんはそれを見て、笑いながら、「こないだ、・・・ 島崎藤村 「ある女の生涯」
・・・と手に持った厚紙の蓋を鑵詰へ被せると、箱の中から板切れを出して、それを提げて、得意になって押入の前へ行く。「章ちゃん、もう夜はそんな押入なぞへはいるもんじゃないよ」と小母さんが止めると、「だってお母さん。写真を薬でよくするんじゃあり・・・ 鈴木三重吉 「千鳥」
・・・君の作品は、十九世紀の完成を小さく模倣しているだけだ、といってしまうと、実も蓋も無くなりますが、君の作品のお手本が、十九世紀のロシヤの作家あるいはフランスの象徴派の詩人の作品の中に、たやすく発見出来るので、窮極に於いて、たより無い気がするの・・・ 太宰治 「風の便り」
・・・この間も蓋平で第六師団の大尉になっていばっている奴に邂逅した。 軍隊生活の束縛ほど残酷なものはないと突然思った。と、今日は不思議にも平生の様に反抗とか犠牲とかいう念は起こらずに、恐怖の念が盛んに燃えた。出発の時、この身は国に捧げ君に捧げ・・・ 田山花袋 「一兵卒」
・・・ゆがみて蓋のあわぬ半櫃 凡兆草庵にしばらくいては打ちやぶり 芭蕉 寺田寅彦 「映画雑感(1[#「1」はローマ数字、1-13-21])」
・・・そして帳簿をつけてしまうと、ばたんと掛硯の蓋をして、店の間へ行って小説本を読みだした。 その時入口の戸の開く音がして、道太が一両日前まで避けていた山田の姉らしい声がした。 道太は来たのなら来たでいいと思って観念していたが、昨日思いが・・・ 徳田秋声 「挿話」
・・・網を張っておいて、鳥を追立て、引かかるが最期網をしめる、陥穽を掘っておいて、その方にじりじり追いやって、落ちるとすぐ蓋をする。彼らは国家のためにするつもりかも知れぬが、天の眼からは正しく謀殺――謀殺だ。それに公開の裁判でもすることか、風紀を・・・ 徳冨蘆花 「謀叛論(草稿)」
出典:青空文庫