・・・などという、いわゆる美談佳話製造家の流儀に似てはいないだろうか。 蛍の風流もいい。しかし、風流などというものはあわてて雑文の材料にすべきものではない。大の男が書くのである。いっそ蛍を飛ばすなら、祇園、先斗町の帰り、木屋町を流れる高瀬川の・・・ 織田作之助 「大阪の憂鬱」
・・・しかしその少し強制がましい調子のなかには、自分の持っている欲望を、言わば相手の身体にこすりつけて、自分と同じような人間を製造しようとしていたようなところが不知不識にあったらしい気がする。そして今自分の待っていたものは、そんな欲望に刺戟されて・・・ 梶井基次郎 「ある崖上の感情」
・・・ ぬけろじの中程が恰度、麺包屋の裏になっていて、今二人が通りかけると、戸が少し開て居て、内で麺包を製造っている処が能く見える。其焼たての香しい香が戸外までぷんぷんする。其焼く手際が見ていて面白いほどの上手である。二人は一寸と立てみていた・・・ 国木田独歩 「二少女」
・・・ウオッカの製造が禁じられていた、時代である。支那人は、錻力で特別に作らせた、コルセット様の、ぴったりと人間の胴体に合う中が空洞となった容器に、酒精を満し、身肌につけて、上から服を着、何食わぬ顔で河岸からあがってきた。酒精に水をまぜて、火酒と・・・ 黒島伝治 「国境」
・・・をまだ来ぬ先から俊雄は卒業証書授与式以来の胸躍らせもしも伽羅の香の間から扇を挙げて麾かるることもあらば返すに駒なきわれは何と答えんかと予審廷へ出る心構えわざと燭台を遠退けて顔を見られぬが一の手と逆茂木製造のほどもなくさらさらと衣の音、それ来・・・ 斎藤緑雨 「かくれんぼ」
・・・さらに愁訴すると、奥から親爺が顔を出して、さあさあ皆さん帰りなさい、いまは日本では酒の製造量が半分以下になっているのです。貴重なものです。いったい学生には酒を飲ませない事に私どもではきめているのですがね、と興覚めな事を言う。よろしい、それな・・・ 太宰治 「未帰還の友に」
・・・天保十一年、竹琴を発明し、のち京に上りて、その製造を琴屋に命じたところが、琴屋のあるじの曰く、奇しき事もあるものかな。まさしく昨日なり、出雲の人にして中山といわるる大人が、まさしく同じ琴を造る事を命じたまいぬ、と。勾当は、ただちにその中山と・・・ 太宰治 「盲人独笑」
・・・動力工場の成り立ち、機関車、新聞紙、書籍、色刷挿画はどうして作られるか、発電所、ガラス工場、ガス製造所にはどんなものがあるか。こんな事はわずかの時間で印象深く観せる事が出来る。更に自然科学の方面で、普通の学校などでは到底やって見せられないよ・・・ 寺田寅彦 「アインシュタインの教育観」
・・・この紙の製造方法を知らない私には分らない疑問であった。あるいはこれらの部分だけ油のようなものが濃く浸み込んでいたためにとろけないで残って来たのではないかと思ったりした。 紙片の外にまださまざまの物の破片がくっついていた。木綿糸の結び玉や・・・ 寺田寅彦 「浅草紙」
・・・ わたくしは近年市街と化した多摩川沿岸、また荒川沿岸の光景から推察して、江戸川東岸の郊外も、大方樹木は乱伐せられ、草は踏みにじられ、田や畠も兵器の製造場になったものとばかり思込んでいたのであるが、来て見ると、まだそれほどには荒らされてい・・・ 永井荷風 「葛飾土産」
出典:青空文庫