・・・その夜わたくしは、前々から諦めはつけていた事でもあり、随分悠然として自分の家と蔵書の焼け失せるのを見定めてから、なお夜の明け放れるまで近隣の人たちと共に話をしていたくらいで、眉も焦さず焼けど一ツせずに済んだ。言わば余裕頗る綽々としたそういう・・・ 永井荷風 「草紅葉」
・・・電車の通らない頃の九段坂は今よりも嶮しく、暗かったが、片側の人家の灯で、大きなものを背負っている男の唖々子であることは、頤の突出たのと肩の聳えたのと、眼鏡をかけているのとで、すぐに見定められた。「おい、君、何を背負っているんだ。」と声を・・・ 永井荷風 「梅雨晴」
・・・翌年の一月末、永代橋の上流に女の死骸が流れ着いたとある新聞紙の記事に、お熊が念のために見定めに行くと、顔は腐爛ってそれぞとは決められないが、着物はまさしく吉里が着て出た物に相違なかッた。お熊は泣く泣く箕輪の無縁寺に葬むり、小万はお梅をやって・・・ 広津柳浪 「今戸心中」
・・・団長もやっと覚悟がきまったと見えて、持っていた鉄の棒を投げすてて、眼をちゃんときめて、石を運んで行く方角を見定めましたがまだどうも本当に引っぱる気にはなりませんでした。そこであまがえるは声をそろえてはやしてやりました。「ヨウイト、ヨウイ・・・ 宮沢賢治 「カイロ団長」
・・・それからくるっと振り向いて陸の方をじっと見定めて急いでそっちへ歩いて行った。そこには低い崖があり崖の脚には多分は涛で削られたらしい小さな洞があったのだ。大学士はにこにこして中へはいって背嚢をとる。それから・・・ 宮沢賢治 「楢ノ木大学士の野宿」
・・・中にいろいろと大きい動きがあって、若い生活力に溢れた女性たちは、何かどこからか新しい潮がさし入って来たように感じ、眼を瞠って動きにそなえたけれど、その動きが具体的にどうあっていいものなのかは、はっきり見定められなかったような状況だったと思う・・・ 宮本百合子 「身についた可能の発見」
出典:青空文庫