・・・ 吾を見棄てるか、吾を殺すか、うむ、どちらにするな。何でも負債を返さないでは、あんまり冥利が悪いでないか。いや、ないかどころでない! そうしなけりゃ許さんのだ。うむ、お貞、どっちにする、殺さないと、離縁にする!」 といと厳かに命じけ・・・ 泉鏡花 「化銀杏」
・・・むざむざ見捨てるには惜しい男だと、見込んだのだ。ちっぽけな怒りはすべて忘れて……。 昔、政党がさかんだった頃、自身は閣僚になる意志はてんで無く、ただ、誰かこいつと見込んだ男を大臣にするために、しきりに権謀術策をもちい、暗中飛躍をした男が・・・ 織田作之助 「勧善懲悪」
・・・そして背き去ることのできない、見捨てることのできない深い絆にくくられる。そして一つの墓石に名前をつらねる。「夫婦は二世」という古い言葉はその味わいをいったものであろう。 アメリカの映画俳優たちのように、夫婦の離合の常ないのはなるほど自由・・・ 倉田百三 「愛の問題(夫婦愛)」
・・・何となくここを見捨てるのが残り惜いので車を返せといおうと思うたがそれも余り可笑しいからいいかねて居ると車は一足二足と山へ上って行く。何か買物でもしようかと思うて、それで車返せといおうとしたが、ちょっと買うような物がない。車は一足二足とまた進・・・ 正岡子規 「熊手と提灯」
・・・彼は堪え切れず十七歳になる迄に五度も家出をし、最後に、そして永久に父の家を見捨てることに成功した時には、ニージニの町へ落付いた。二十歳の時、もうマクシムは一人前の指物師、壁紙貼職人であった。彼が働いている仕事場は偶然、ニージニの職人組合の長・・・ 宮本百合子 「マクシム・ゴーリキイの伝記」
出典:青空文庫