・・・ある。もう一つ次手につけ加えれば、半三郎の家庭生活の通りである。 半三郎は二年前にある令嬢と結婚した。令嬢の名前は常子である。これも生憎恋愛結婚ではない。ある親戚の老人夫婦に仲人を頼んだ媒妁結婚である。常子は美人と言うほどではない。もっ・・・ 芥川竜之介 「馬の脚」
・・・実際またそうでもしなければ、残金二百円云々は空文に了るほかはなかったのでしょう、何しろ半之丞は妻子は勿論、親戚さえ一人もなかったのですから。 当時の三百円は大金だったでしょう。少くとも田舎大工の半之丞には大金だったのに違いありません。半・・・ 芥川竜之介 「温泉だより」
・・・お通に申残し参らせ候、御身と近藤重隆殿とは許婚に有之候然るに御身は殊の外彼の人を忌嫌い候様子、拙者の眼に相見え候えば、女ながらも其由のいい聞け難くて、臨終の際まで黙し候さ候えども、一旦親戚の儀を約束いたし候えば、義理堅かりし・・・ 泉鏡花 「琵琶伝」
・・・それでも燈明を上げたらという親戚の助言は聞かなかった。まだこの世の人でないとはどうしても思われないから、燈明を上げるだけは今夜の十二時過ぎからにしてといった。 親戚の妻女だれかれも通夜に来てくれた。平生愛想笑いをする癖が、悔やみ言葉の間・・・ 伊藤左千夫 「奈々子」
・・・ 十年許り前に親父が未だ達者な時分、隣村の親戚から頼まれて余儀なく買ったのだそうで、畑が八反と山林が二町ほどここにあるのである。この辺一体に高台は皆山林でその間の柵が畑になって居る。越石を持っていると云えば、世間体はよいけど、手間ばかり・・・ 伊藤左千夫 「野菊の墓」
・・・泊まりにいく、親戚のあるものは、泊まってきてもいいというのでした。 真吉は、久しぶりで、叔父さんの家へいこうと出かけたのであります。ふと、あちらの停車場を発してゆく、汽車の笛の音をききました。「そうだ、一日あれば、田舎へ帰ってくるこ・・・ 小川未明 「真吉とお母さん」
・・・さかい、オギアオギアせえだい泣いてるとこイ、ええ、へっつい直しというて、天びん担いで、へっつい直しが廻ってきよって、事情きくと、そら気の毒やいうて、世話してくれたンが、大和の西大寺のそのへっつい直しの親戚の家やった。そンでまア巧いこと乳にあ・・・ 織田作之助 「アド・バルーン」
・・・ そんなお君に中国の田舎から来た親戚の者は呆れかえって、葬式、骨揚げと二日の務めをすますと、さっさと帰って行き、家の中ががらんとしてしまった夜、異様な気配にふと眼をさまして、「誰?」 と暗闇に声を掛けたが、答えず、思わぬ大金をも・・・ 織田作之助 「雨」
・・・で来ましたがね、じつは今度いっさい家の方の始末をつけ、片づける借金は片づけ、世帯道具などもすべてGに遣ってしまって、畑と杉山だけ自分の名義に書き替えて、まったく身体一つになって出てきたんだそうですよ。親戚へもほとんど相談なんかしなかったもの・・・ 葛西善蔵 「父の出郷」
・・・東京には親戚といって一軒もなし、また私の知人といっても、特に父の病死を通知して悔みを受けていいというほどの関係の人は、ほとんどないといってよかった。ほんの弟の勤めさきの関係者二三、それに近所の人たちが悔みを言いに来てくれたきりだった。危篤の・・・ 葛西善蔵 「父の葬式」
出典:青空文庫