大抵のイズムとか主義とかいうものは無数の事実を几帳面な男が束にして頭の抽出へ入れやすいように拵えてくれたものである。一纏めにきちりと片付いている代りには、出すのが臆劫になったり、解くのに手数がかかったりするので、いざという・・・ 夏目漱石 「イズムの功過」
・・・余輩はただ今後の成行に眼をつけ、そのいずれかまず直接法の不便利を悟りて、前に出したる手を引き、口を引き、理屈を引き、さらに思想を一層の高きに置きて、無益の対陣を解く者ならんと、かたわらより見物して水掛論の落着を待つのみ。 この全編の大略・・・ 福沢諭吉 「学者安心論」
・・・これをもって教育の本旨とするは当らざるに似たれども、人生発達の点に眼を着すれば、この疑を解くに足るべし。そもそも人生の智識、未だ発せざるに当りては、心身の働、ただ形体の一方に偏するを常とす。いわゆる手もて口に接する小児の如き、これなり。野蛮・・・ 福沢諭吉 「教育の目的」
・・・で、そのジレンマを頭で解く事は出来ぬが、併し一方生活上の必要は益迫って来るので、よんどころなくも『浮雲』を作えて金を取らなきゃならんこととなった。で、自分の理想からいえば、不埒な不埒な人間となって、銭を取りは取ったが、どうも自分ながら情ない・・・ 二葉亭四迷 「予が半生の懺悔」
・・・葉子の悲劇を解くためには、葉子が倉知をあのように愛し、自分がこれまで待っていた人が現われた、待ちに待っていた生活がやっと来た、と狂喜しながら、何故、妹や、或は古藤に向って、噂が嘘であるかのように、いわゆる潔白な自身というものを認めさせようと・・・ 宮本百合子 「「或る女」についてのノート」
・・・ わたしの生活と文学との通って来た特別な道行きをさかのぼってみると、わたしは、常にコンプレックスを解く方向へ努力しつづけて来た人間であった。互に押しへだてられて生活した十二年間に、夫と妻であるわたしたちは、当時の不自然きわまる個人的・社・・・ 宮本百合子 「心に疼く欲求がある」
・・・はその場の様子を目のあたり見るような思いをして聞いていたが、これがはたして弟殺しというものだろうか、人殺しというものだろうかという疑いが、話を半分聞いた時から起こって来て、聞いてしまっても、その疑いを解くことができなかった。弟は剃刀を抜いて・・・ 森鴎外 「高瀬舟」
・・・「夢の中で数学の問題を解くというようなことは、よくあるんでしょうね。先日もクロネッカァという数学者が夢の中で考えついたという、青春の論理とかいう定理の話を聞いたが、――」「もうしょっちゅうです。この間も朝起きてみたら、机の上にむつか・・・ 横光利一 「微笑」
・・・ただ言葉の間違いや事件の行き違いのほかに根のない誤解ならば、解くこともまたやすい。 しかし私は、人格の相違が誤解を必然ならしめる場合を少なからず経験する。それを解き得るものはただ大きい力と愛とである。私はそのためにはいまだあまりに弱い。・・・ 和辻哲郎 「生きること作ること」
・・・たとい彼がその作品の芸術的価値を充分理解し得るようになったところで、公衆に対する作品の影響が依然として同一である限りは、彼はその禁止を解くことができない。 そこで中心の問題は、公衆に対する作品の影響が、果たして精確に判定せられているか否・・・ 和辻哲郎 「蝸牛の角」
出典:青空文庫