・・・式を挙げるに福沢先生を証人に立てて外国風に契約を交換す結婚の新例を開き、明治五、六年頃に一夫一婦論を説いて婦人の権利を主張したほどのフェミニストであったから、身文教の首班に座するや先ず根本的に改造を企てたのは女子教育であった。 優美より・・・ 内田魯庵 「四十年前」
・・・だれか、たしかな証人がなくては、やはり、いい争いができて同じことだろう。」と、紡績工場の煙突はいいました。「それも、そうだ。」 こういって、二つの煙突が話し合っていることを、空のやさしい星は、すべて聞いていたのであります。「二つ・・・ 小川未明 「ある夜の星たちの話」
・・・有原も証人として召喚せられた。勝治の泥酔の果の墜落か、または自殺か、いずれにしても、事件は簡単に片づくように見えた。けれども、決着の土壇場に、保険会社から横槍が出た。事件の再調査を申請して来たのである。その二年前に、勝治は生命保険に加入して・・・ 太宰治 「花火」
・・・と告白し、「私はみんなの言うことをそっくりそのまま信じたのではないが、証人の数の多いことは、その言うところが正しいと推定せしむるに有力であることを思わざるを得なかった。聖グレゴリーも、善行について同様な意見であることを述べているようじゃ。」・・・ 太宰治 「春の盗賊」
・・・なるほど、十年前の甲某が今日の甲某と同一人だということについては確実な証人が無数にある。従ってこの問題と上述の「猫の場合」とは全然何の関係もない別種類の事柄である。何の関係もないことであるにもかかわらず、ふとした錯覚で何かしら関係があるよう・・・ 寺田寅彦 「ある探偵事件」
・・・ 靴磨きにアパートにおける殺人の嫌疑をかけるためには殺されるダンサーのアパートにその靴磨きをなんとかしておびき入れ、そうしてアパートにおける彼等の姿を確実に目撃した証人をこしらえておく必要がある。それでその手順の第一として先ず街上でダン・・・ 寺田寅彦 「初冬の日記から」
・・・なぜと言えば、今までに椋鳥を食っても平気だったという証人がそこらにいくらもいるからである。しかし千羽に一羽、すなわち〇・一プロセントだけ中毒の蓋然率があると言えば、食って平気だったという証人が何人あっても、正確な統計をとらない限り反証はでき・・・ 寺田寅彦 「藤棚の陰から」
・・・それにも係らず黙々として僕は一語をも発せず万事を山本さんに一任して事を済ませたのは、万一博文館が訴訟を提起した場合、当初出版の証人として木曜会会員の出廷を余儀なくせしむるに至らむ事を僕は憚った故である。博文館は既に頃日、同館とは殆三十年間交・・・ 永井荷風 「申訳」
・・・その恋しい昔の活きた証人ほど慕わしいものが世にあろうか。まだ人生と恋愛とが未来であった十七歳の青年の心持に、ただの二三十分間でもいいから戻ってみたい。あのマドレエヌに逢ってみたらイソダンで感じたように楽しい疑懼に伴う熱烈な欲望が今一度味われ・・・ 著:プレヴォーマルセル 訳:森鴎外 「田舎」
・・・「何だと。おれをぬすとだと。そう云うやつは、みんなたたき潰してやるぞ。ぜんたい何の証拠があるんだ。」「証人がある。証人がある。」とみんなはこたえました。「誰だ。畜生、そんなこと云うやつは誰だ。」と盗森は咆えました。「黒坂森だ・・・ 宮沢賢治 「狼森と笊森、盗森」
出典:青空文庫