・・・まして読者はただ、古い新聞の記事を読むように、漫然と行を追って、読み下してさえくれれば、よいのである。 ――――――――――――――――――――――――― かれこれ七八年も前にもなろうか。丁度三月の下旬で、もうそ・・・ 芥川竜之介 「西郷隆盛」
・・・彼は静かに十円札を取り上げ、口の中にその文字を読み下した。「ヤスケニシヨウカ」 保吉は十円札を膝の上へ返した。それから庭先の夕明りの中へ長ながと巻煙草の煙を出した。この一枚の十円札もこう云う楽書の作者にはただ酢にでもするかどうかを迷・・・ 芥川竜之介 「十円札」
・・・立入った理論はぬきにして、試みにある一つの歌を一遍声を立てて、読み下した後に、今後は口をむっと力を入れてつぶって黙読してみるといい。あるいはもっと面白いのは口を思い切ってあんと開いて黙唱してみるといい。するとせっかくの歌の口調が消えてしまっ・・・ 寺田寅彦 「歌の口調」
・・・もしやと披げて読み下して、小万は驚いて蒼白になッた。一筆書き残しまいらせ候。よんどころなく覚悟を極め申し候。不便と御推もじ願い上げまいらせ候。平田さんに済み申さず候。西宮さんにも済み申さず候。お前さまにも済みませぬ。されど私こと・・・ 広津柳浪 「今戸心中」
・・・それを読みかえしていると、後から一人の男がスとよって来るなり、私の手からその半紙をひったくり、黒いむずかしい顔でそれを読み下した。 グッと腕をのばして、私にはかえさずじかに特高に渡す。特高はいやにお辞儀をしてガラス戸をしめて出て行く。―・・・ 宮本百合子 「刻々」
・・・と金文字で書かれた一冊の本の表題を眺める視線に、それを「しん、じょ」と読み下そうとして、おやととまどうような表情はなくて、いくつもの若々しい女の目がちらりと、「しんおんなだいがく」と読み下して、格別、自分たちがそういう徳川時代の本の名にそん・・・ 宮本百合子 「三つの「女大学」」
出典:青空文庫