・・・おまけに一番悪いことはその人としてだけ考える時でもいつか僕自身に似ている点だけその人の中から引き出した上、勝手に好悪を定のみならずこの奥さんの気もちに、――S君の身もとを調べる気もちにある可笑しさを感じました。「Sさんは神経質でいらっし・・・ 芥川竜之介 「手紙」
・・・そのために、自分の家の会計を調べる時でも、父はどうかするとちょっとした計算に半日もすわりこんで考えるような時があった。だから彼が赤面しながら紙と鉛筆とを取り上げたのは、そのまま父自身のやくざな肖像画にも当たるのだ。父は眼鏡の上からいまいまし・・・ 有島武郎 「親子」
・・・ 何番が売れているのかと、人気を調べるために窓口へ寄っていた人々は、余裕綽々とした寺田の買い方にふと小憎らしくなった顔を見上げるのだったが、そんな時寺田の眼は苛々と燃えて急に挑み掛るようだった。何かしら思い詰めているのか放心して仮面のよ・・・ 織田作之助 「競馬」
・・・それに、年来の宿痾が図書館の古い文献を十分に調べることを妨げた。なお、戦争に関する詩歌についても、与謝野晶子の「君死にたまふことなかれ」、石川啄木の「マカロフ提督追悼の詩」を始め戦争に際しては多くが簇出しているし、また日露戦争中、二葉亭がガ・・・ 黒島伝治 「明治の戦争文学」
・・・或る一人が他の一人を窘めようと思って、非常に字引を調べて――勿論平常から字引をよく調べる男でしたが、文字の成立まで調べて置いて、そして敵が講じ了るのを待ち兼ねて、難問の箭を放ちました。何様も十分調べて置いてシツッコク文字論をするので講者は大・・・ 幸田露伴 「学生時代」
・・・心さえ急かねば謀られる訳はないが、他人にして遣られぬ前にというのと、なまじ前に熟視していて、テッキリ同じ物だと思った心の虚というものとの二ツから、金八ほどの者も右左を調べることを忘れて、一盃食わせられたのである。親父はさすがに老功で、後家の・・・ 幸田露伴 「骨董」
五月が来た。測候所の技手なぞをして居るものは誰しも同じ思であろうが、殊に自分はこの五月を堪えがたく思う。其日々々の勤務――気圧を調べるとか、風力を計るとか、雲形を観察するとか、または東京の気象台へ宛てて報告を作るとか、そんな仕事に追わ・・・ 島崎藤村 「朝飯」
・・・の部の引き出しを開いて、愛、青、赤、アキ、いろいろのノオトがあって、そのうちの、あきの部のノオトを選び出し、落ちついてそのノオトを調べるのである。 トンボ。スキトオル。と書いてある。 秋になると、蜻蛉も、ひ弱く、肉体は死んで、精神だ・・・ 太宰治 「ア、秋」
・・・われには机のしたで調べるノオトもなければ、互いに小声で相談し合うひとりの友人もないのである。 やがて、あから顔の教授が、ふくらんだ鞄をぶらさげてあたふたと試験場へ駈け込んで来た。この男は、日本一のフランス文学者である。われは、きょうはじ・・・ 太宰治 「逆行」
・・・あなたは、いつでも知らん顔をして居りますし、私だって、すぐその角封筒の中味を調べるような卑しい事は致しませんでした。無ければ無いで、やって行こうと思っていたのですもの。いくらいただいた等、あなたに報告した事も、ありません。あなたを汚したくな・・・ 太宰治 「きりぎりす」
出典:青空文庫