・・・ 授業が済んで帰るとなる、大勢列を造って、それな、門まで出る。足並を正さして、私が一二と送り出す…… すると、この頃塗直した、あの蒼い門の柱の裏に、袖口を口へ当てて、小児の事で形は知らん。頭髪の房々とあるのが、美しい水晶のような目を・・・ 泉鏡花 「朱日記」
・・・さらに冷然として一定の足並みをもて粛々と歩み出だせり。ああ、恋は命なり。間接にわれをして死せしめんとする老人の談話を聞くことの、いかに巡査には絶痛なりしよ。ひとたび歩を急にせんか、八田は疾に渠らを通り越し得たりしならん、あるいはことさらに歩・・・ 泉鏡花 「夜行巡査」
・・・そして、足並の乱れた十頭ばかりの馬蹄の音が聞えて来た。日本軍に追撃されたパルチザンが逃げのびてきたのだ。 遠くで、豆をはぜらすような小銃の音がひびいた。 ドミトリー・ウォルコフは、乾草がうず高く積み重ねられているところまで丘を乗りぬ・・・ 黒島伝治 「パルチザン・ウォルコフ」
銀座を歩いていたら、派手な洋装をした若い女が二人、ハイヒールの足並を揃えて遊弋していた。そうして二人とも美しい顔をゆがめてチューインガムをニチャニチャ噛みながら白昼の都大路を闊歩しているのであった。 去年の夏築地小劇場・・・ 寺田寅彦 「チューインガム」
・・・で、事ある時などに国民の足並の綺麗に揃うのは、まことに余所目立派なものであろう。しかしながら当局者はよく記臆せなければならぬ、強制的の一致は自由を殺す、自由を殺すはすなわち生命を殺すのである。今度の事件でも彼らは始終皇室のため国家のためと思・・・ 徳冨蘆花 「謀叛論(草稿)」
・・・みんなの足並。小松の密林。「釜淵だら俺ぁ前になんぼがえりも見だ。それでも今日も来た。」うしろで云っている。あの顔の赤い、そしていつでも少し眼が血走ってどうかすると泣いているように見える、あの生徒だ。五内川でもないし、何と云ったかな。・・・ 宮沢賢治 「台川」
・・・ところが、巴里の凱旋通をナチの軍隊が足並高く行進することとなって、世界は現世紀の一つの驚きの感情を経験した。どうして、フランスは敗れたのだろうか。この問いが、日本でもあらゆる人々の心に湧いたにちがいない。忽ち新聞に、フランスは文化の爛熟と頽・・・ 宮本百合子 「今日の生活と文化の問題」
・・・そこまでデュ・ガールは足並確かにやって来ている。第三巻「美しき季節」では上巻だけの部分についてであるが、作者のこれまでの足どりは少し乱れて、歩調の踏みかえしもあり、何かはっきりしないが危期めいたものとすれすれのところを通っているような気配も・・・ 宮本百合子 「人生の共感」
・・・ここも人気すくなく、程経って二十人ばかりのソヴェト水兵が足並そろえてやって来て、同じ歩調で夾竹桃の花のむこうを通りすぎた。 どの小道へ曲っても、乾いた太陽と風とがある。 粘土と平ったい石片とで築かれたアラビア人の城砦の廃墟というのへ・・・ 宮本百合子 「石油の都バクーへ」
・・・そして、反抗や焦燥や、すべてほんとの心の足並みを阻害する瘴気の燃き浄められた平静と謙譲とのうちに、とり遺された大切な問題が、考えられ始めたのである。「自分は、彼等を愛した。それは確かである」けれども、その愛が不純であり、無智であ・・・ 宮本百合子 「地は饒なり」
出典:青空文庫