・・・い習慣といういっさいの社会的法則の形成せられたる時は、すなわちその社会にもはや新らしき声の死んだ時、人がいたずらに過去と現在とに心を残して、新らしき未来を忘るるの時、保守と執着と老人とが夜の梟のごとく跋扈して、いっさいの生命がその新らしき希・・・ 石川啄木 「初めて見たる小樽」
・・・ 中にも、こども服のノーテイ少女、モダン仕立ノーテイ少年の、跋扈跳梁は夥多しい。…… おなじ少年が、しばらくの間に、一度は膝を跨ぎ、一度は脇腹を小突き、三度目には腰を蹴つけた。目まぐろしく湯呑所へ通ったのである。 一樹が、あの、・・・ 泉鏡花 「木の子説法」
・・・維新の革命で江戸の洗練された文化は田舎侍の跋扈するままに荒され、江戸特有の遊里情調もまた根底から破壊されて殺風景なただの人肉市場となってしまった。蓄妾もまた、勝誇った田舎侍が分捕物の一つとして扱ったから、昔の江戸の武家のお部屋や町家の囲女の・・・ 内田魯庵 「淡島椿岳」
・・・ 近来はアイコノクラストが到る処に跋扈しておるから、先輩たる坪内君に対して公然明言するものはあるまいが、内々では坪内君の文学は自分等とは交渉しないナドトいってるものもあるかも知れぬが、坪内君が新らしい文学の道を開いてくれなかったなら今日・・・ 内田魯庵 「明治の文学の開拓者」
・・・斯くの如き奇怪なる人物が銀座街上に跋扈していようとは、僕年五十になろうとする今日まで全く之を知る機会がなかったからである。 彼等は世に云う無頼の徒であろう。僕も年少の比吉原遊廓の内外では屡無頼の徒に襲われた経験がある。千束町から土手に到・・・ 永井荷風 「申訳」
・・・ しかし、農村におけるこんな反革命分子の跋扈および無智は放置すべきだろうか? タワーリシチ! 農村は右傾派がそれを理解したように都会によって搾取さるべき植民地ではない。都会の工業生産と断然結合すべき、社会主義的生産に欠くべからざる工業原料生・・・ 宮本百合子 「三月八日は女の日だ」
・・・「学生と異教徒、百姓と著述家の上には、その生活の一歩ごとに労働者をかくも抑圧し圧迫するその同じ闇の力が跳梁跋扈していることを理解し、また感ずるであろう。」〔一九三二年十二月〕 宮本百合子 「文学に関する感想」
・・・照の圏外に追放しただけで文学の生命が純血に保たれないのは勿論であるし、文学が現実を隈なくとらえてゆく意味でのリアリティを失ってゆくのも実際であるが、小説のなかにただそういう性格が実際生活の中でと同様に跋扈するという現象と、時代と社会がディフ・・・ 宮本百合子 「文学のディフォーメイションに就て」
・・・それで今のような、社会民政党の跋扈している時代になっても、ウィルヘルム第二世は護衛兵も連れずに、侍従武官と自動車に相乗をして、ぷっぷと喇叭を吹かせてベルリン中を駈け歩いて、出し抜に展覧会を見物しに行ったり、店へ買物をしに行ったりすることが出・・・ 森鴎外 「かのように」
・・・思えば思うほど考えは遠くへ走って、それでなくてもなかなか強い想像力がひとしお跋扈を極めて判断力をも殺いた。早くここでその熱度さえ低くされるなら別に何のこともないが、なかなか通常の人にはそのように自由なことはたやすく出来ない。不思議さ、忍藻の・・・ 山田美妙 「武蔵野」
出典:青空文庫