・・・出家は言葉かけて「私は出家の身でござるから命が惜しいにはござらぬけれ共何のうらみがあってこの様な事をなさるのじゃ。路銀が取りたいのならば命にかえてまでおしみませぬじゃ」と小判百両をありのまんまなげ出せばそれをうけとり「金がかたきになる浮世だ・・・ 著:井原西鶴 訳:宮本百合子 「元禄時代小説第一巻「本朝二十不孝」ぬきほ(言文一致訳)」
・・・同じ伏見の船宿の水六の亭主などは少し怪しい者が泊ればすぐ訴人したが、登勢はおいごと刺せと叫んだあの声のような美しい声がありきたりの大人の口から出るものかと、泊った浪人が路銀に困っているときけば三十石の船代はとらず、何かの足しにとひそかに紙に・・・ 織田作之助 「螢」
・・・はるばるの長旅、ここまでは辿り着いたが、途中で煩った為に限りある路銀を費い尽して了った。道は遠し懐中には一文も無し、足は斯の通り脚気で腫れて歩行も自由には出来かねる。情があらば助力して呉れ。頼む。斯う真実を顔にあらわして嘆願するのであった。・・・ 島崎藤村 「朝飯」
・・・ 三人は摂津国屋に泊って、所々を尋ね廻るうちに、路銀が尽きそうになった。そこで宿屋の主人の世話で、九郎右衛門は按摩になり、文吉は淡島の神主になった。按摩になったのは、柔術の心得があるから、按摩の出来ぬ筈はないと云うのであった。淡島の・・・ 森鴎外 「護持院原の敵討」
出典:青空文庫