・・・ 二年兵は、軍服と、襦袢、袴下を出してくにから着てきた服をそれと着換えるように云った。 うるおいのない窓、黒くすゝけた天井、太い柱、窮屈な軍服、それ等のものすべてが私に、冷たく、陰鬱に感じられた。この陰鬱なところから、私はぬけ出るこ・・・ 黒島伝治 「入営前後」
・・・ ウォルコフは、その百姓服に着換え、自分が馬上で纏っていた軍服や、銃を床下の穴倉へかくしてしまった。木蓋の上へは燕麦の這入った袋を持ってきて積み重ね、穴倉があることを分らなくした。 豆をはぜらすような鉄砲の音が次第に近づいて来た。・・・ 黒島伝治 「パルチザン・ウォルコフ」
・・・血なまぐさい軍服や、襦袢は、そこら中に放り出された。担架にのせられたまゝ床の上に放っておかれた、大腿骨の折れた上等兵は、間歇的に割れるような鋭い号叫を発した。と、ほかの者までが、錐で突かれるようにぶる/\ッと慄え上った。「こんなに多くの・・・ 黒島伝治 「氷河」
・・・すると若者達は、二人の防寒服から、軍服、襦袢、袴下、靴、靴下までもぬがしにかかった。 ……二人は雪の中で素裸体にされて立たせられた。二人は、自分達が、もうすぐ射殺されることを覚った。二三の若者は、ぬがした軍服のポケットをいち/\さぐって・・・ 黒島伝治 「雪のシベリア」
・・・私も、いちど軍服のT君と逢って三十分ほど話をした事がある。はきはきした、上品な青年であった。明日いよいよ戦地へ出発する事になった様子である。その速達が来てから、二時間も経たぬうちに、また妹から速達が来た。それには、「よく考えてみましたら、先・・・ 太宰治 「東京八景」
・・・「君は、こんないい洋服を持っているくせに、僕の家へ来る時には、なぜあんな、よごれた軍服みたいなものを着て来るのかね。」「わざと身をやつして行くのです。水戸黄門でも、最明寺入道でも、旅行する時には、わざときたない身なりで出かけるでしょ・・・ 太宰治 「母」
・・・あのおしゃれな人が、軍服のようなカーキ色の詰襟の服を着て、頭は丸坊主で、眼鏡も野暮な形のロイド眼鏡で、そうして顔色は悪く、不精鬚を生やし、ほとんど別人の感じであった。 部屋へあがって、座ぶとんに膝を折って正坐し、「私は、正気ですよ。・・・ 太宰治 「女神」
・・・ 叫喚、悲鳴、絶望、渠は室の中をのたうちまわった。軍服のボタンは外れ、胸の辺はかきむしられ、軍帽は頷紐をかけたまま押し潰され、顔から頬にかけては、嘔吐した汚物が一面に附着した。 突然明らかな光線が室に射したと思うと、扉のところに、西・・・ 田山花袋 「一兵卒」
・・・徳川幕府が仏蘭西の士官を招聘して練習させた歩兵の服装――陣笠に筒袖の打割羽織、それに昔のままの大小をさした服装は、純粋の洋服となった今日の軍服よりも、胴が長く足の曲った日本人には遥かに能く適当していた。洋装の軍服を着れば如何なる名将といえど・・・ 永井荷風 「銀座」
・・・ けれども、電車の中は案外すいていて、黄い軍服をつけた大尉らしい軍人が一人、片隅に小さくなって兵卒が二人、折革包を膝にして請負師風の男が一人、掛取りらしい商人が三人、女学生が二人、それに新宿か四ツ谷の婆芸者らしい女が一人乗っているばかり・・・ 永井荷風 「深川の唄」
出典:青空文庫