・・・その時分から酒を飲んだから酔って転寝でもした気でいたろう。力はあるし、棺桶をめりめりと鳴らした。それが高島田だったというからなお稀有である。地獄も見て来たよ――極楽は、お手のものだ、とト筮ごときは掌である。且つ寺子屋仕込みで、本が読める。五・・・ 泉鏡花 「絵本の春」
・・・どうして、元気な人ですからね、今時行火をしたり、宵の内から転寝をするような人じゃないの。鉄は居ませんか。」「女中さんは買物に、お汁の実を仕入れるのですって。それから私がお道楽、翌日は田舎料理を達引こうと思って、ついでにその分も。」「・・・ 泉鏡花 「女客」
・・・ 掻巻をば羽織らせ、毛布引かつぎて、高津は予が裾に背向けて、正しゅう坐るよう膝をまげて、横にまくらつけしが、二ツ三ツものいえりし間に、これは疲れて転寝せり。 何なりけむ。ものともなく膚あわだつに、ふと顔をあげたれば、ありあけ暗き室の・・・ 泉鏡花 「誓之巻」
・・・文章も三誦すべく、高き声にて、面白いぞ――は、遠野の声を東都に聞いて、転寝の夢を驚かさる。白望の山続きに離森と云う所あり。その小字に長者屋敷と云うは、全く無人の境なり。茲に行きて炭を焼く者ありき。或夜その小屋の垂菰をかかげて、内を覗・・・ 泉鏡花 「遠野の奇聞」
・・・見習弟子はもう二十歳になっていて、白い乳房を子供にふくませて転寝しているお君の肢態に、狂わしいほど空しく胸を燃やしていたが、もともと彼は気も弱くお君も問題にしなかった。 五年経ち、お君が二十四、子供が六つの年の暮、金助は不慮の災難で・・・ 織田作之助 「雨」
・・・と自分は少女を突飛ばすと、少女は仰向けに倒れかかったので、自分は思わずアッと叫けんでこれを支えようとした時、覚れば夢であって、自分は昼飯後教員室の椅子に凭れたまま転寝をしていたのであった。 拾った金の穴を埋めんと悶いて又夢に金銭を拾う。・・・ 国木田独歩 「酒中日記」
・・・ 縁側に転寝をして居るものや、庭を眺めて居るものや、妙に肩を落して何かうなって居るものやら、玩具箱を引くり返した様にごちゃごちゃと種々な人間が集まって居る。「御馳走なんかろくにありもしないのに、 皆はしゃぎきって居る。 ・・・ 宮本百合子 「二十三番地」
出典:青空文庫