・・・「絵葉書に針でもってぷつぷつ穴をあけて、ランプの光に透かしてみると、その絵葉書の洋館や森や軍艦に、きれいなイルミネエションがついて、――あれを思い出さない?」「僕は、こんなけしき、」私は、わざと感覚の鈍い言いかたをする。「幻燈で見たこと・・・ 太宰治 「秋風記」
・・・楊樹を透かして向こうに、広い荒漠たる野が見える。褐色した丘陵の連続が指さされる。その向こうには紫色がかった高い山が蜿蜒としている。砲声はそこから来る。 五輛の車は行ってしまった。 渠はまた一人取り残された。海城から東煙台、甘泉堡・・・ 田山花袋 「一兵卒」
・・・しかし日光に透かして見るとこれとはまた独立な、もっと細かく規則正しい簾のような縞目が見える。この縞はたぶん紙を漉く時に繊維を沈着させる簾の痕跡であろうが、裏側の荒い縞は何だか分らなかった。 指頭大の穴が三つばかり明いて、その周囲から喰み・・・ 寺田寅彦 「浅草紙」
・・・丸竹の柄の節の上のほうを細かく裂いて、それを両側から平面に押し広げてその上に紙をはり、その紙は日月の部分蝕のような形にして、手もとに近いほうの割り竹を透かした、そういうものが、少なくもわれわれの子供時代からの団扇の定義のようなもので、それ以・・・ 寺田寅彦 「錯覚数題」
・・・琥珀の中に時々蠅が入ったのがある。透かして見ると蠅に違ありませんが、要するに動きのとれない蠅であります。蠅でないとは言えぬでしょうが活きた蠅とは云えますまい。学者の下す定義にはこの写真の汽車や琥珀の中の蠅に似て鮮かに見えるが死んでいると評し・・・ 夏目漱石 「現代日本の開化」
・・・夜半の灯に透かして見た池辺君の顔は、常と何の変る事もなかった。刈り込んだ髯に交る白髪が、忘るべからざる彼の特徴のごとくに余の眼を射た。ただ血の漲ぎらない両頬の蒼褪めた色が、冷たそうな無常の感じを余の胸に刻んだだけである。 余が最後に生き・・・ 夏目漱石 「三山居士」
・・・する事や書く事の上を掩っている薄絹は、はたから透かして見にくいと申そうよりは、自分で透かして見にくいと申すべきでございましょう。 わたくしの最初に差上げた手紙を例にして申しましょう。わたくしはあなたに誓って正直なところを申します。わたく・・・ 著:プレヴォーマルセル 訳:森鴎外 「田舎」
・・・小太郎ケ淵附近の楓の新緑を透かし輝いていた日光の澄明さ。 然し、塩原は人を飽きさす点で異常に成功している。どんな一寸した風変りな河原の石にも、箒川に注ぐ瀧にも、すべてに名所らしい名称があって、そこには一々立札が立っているというのは、何と・・・ 宮本百合子 「夏遠き山」
・・・ 彼は妻を寝台の横から透かしてみた。罪と罰とは何もなかった。彼女は処女を彼に与えた満足な結婚の夜の美しさを回想しているかのように、端整な青い線をその横顔の上に浮べていた。 二 彼と妻との間には最早悲しみの時機・・・ 横光利一 「花園の思想」
・・・そして暗い所を透かして見たが、なんにも見えなかった。空気はむっとするようで、濃くなっているような心持がする。誰がなんの夢を見るのか、われ知らずうめく声が聞える。外では鐸の音がの鳴くように聞える。 フィンクはなんとか返事をしなくてはならな・・・ 著:リルケライネル・マリア 訳:森鴎外 「白」
出典:青空文庫