・・・が、幕府が瓦解し時勢が一変し、順風に帆を揚げたような伊藤の運勢が下り坂に向ったのを看取すると、天性の覇気が脱線して桁を外れた変態生活に横流した。椿岳の生活の理想は俗世間に凱歌を挙げて豪奢に傲る乎、でなければ俗世間に拗ねて愚弄する乎、二つの路・・・ 内田魯庵 「淡島椿岳」
・・・年を聞いて丙午だと知ると、八卦見はもう立板に水を流すお喋りで、何もかも悪い運勢だった。「男はんの心は北に傾いている」と聴いて、ぞっとした。北とは梅田新道だ。金を払って外へ出ると、どこへ行くという当てもなく、真夏の日がカンカン当っている盛り場・・・ 織田作之助 「夫婦善哉」
・・・ 毎年大晦日の晩、給金をもらってから運勢づきの暦を買いに出る。が、今夜は例年の暦屋も出ていない。雪は重く、降りやまなかった。窓を閉めて、おお、寒む。なんとなく諦めた顔になった。注連繩屋も蜜柑屋も出ていなかった。似顔絵描き、粘土彫刻屋は今・・・ 織田作之助 「雪の夜」
・・・ね、ね。運勢がひらける証拠なのです。」 そう言いながら左手をたかく月光にかざし、自分のてのひらのその太陽線とかいう手筋をほれぼれと眺めたのである。 運勢なんて、ひらけるものか。それきりもう僕は青扇と逢っていない。気が狂おうが、自・・・ 太宰治 「彼は昔の彼ならず」
・・・やはり、明日の運勢の欄あたりを読むのが自然じゃないか。」「僕はお酒をやめて、ごはんにしよう、と言う。女とふたりで食事をする。たまご焼がついている。わびしくてならぬ。急に思い出したように、箸を投げて、机にむかう。トランクから原稿用紙を出し・・・ 太宰治 「雌に就いて」
いろんなことを知らないほうがいい、と思われることがあなた方にもよくあるでしょう。 フト、新聞の「その日の運勢」などに眼がつく。自分が七赤だか八白だかまるっきり知らなければ文句はないが、自分は二黒だと知っていれば、旅行や・・・ 葉山嘉樹 「死屍を食う男」
・・・国の景の良い処と云う処へは必ずその住居をつとめてでも建て居りまいたそうでの、 国々の宝をつめた倉は数えきれぬほど立って、月が満ちれば銀色に輝き月が消えれば黒くなると云う石も、人々の神から授けられた運勢を見る鏡もその中にあったと申す事じゃ・・・ 宮本百合子 「胚胎(二幕四場)」
出典:青空文庫