・・・七左 過分でござる。お言葉に従いますわ。時に久しぶりで、ちょっと、おふくろ様に御挨拶を申したい。村越 仏壇がまだ調いません、位牌だけを。七左 はあ、香花、お茶湯、御殊勝でえす。達者でござったらばなあ。村越 七左 おふくろ・・・ 泉鏡花 「錦染滝白糸」
・・・辰弥は生得馴るるに早く、咄嗟の間に気の置かれぬお方様となれり。過分の茶代に度を失いたる亭主は、急ぎ衣裳を改めて御挨拶に罷り出でしが、書記官様と聞くよりなお一層敬い奉りぬ。 琴はやがて曲を終りて、静かに打ち語らう声のたしかならず聞ゆ。辰弥・・・ 川上眉山 「書記官」
・・・乗せてそこらを押しまわしたきお望みに候間近々大憤発をもって一つ新調をいたすはずに候 一輛のうば車で小児も喜び老人もまた小児のごとく喜びたもうかと思えば、福はすでにわが家の門内に巣食いおり候、この上過分の福はいらぬ事に候 今夜は雨降り・・・ 国木田独歩 「初孫」
・・・すし、また、秋ちゃんの他にも、秋ちゃんに知られては困るらしい内緒の女のひともありまして、そのひとはどこかの奥さんのようで、そのひとも時たま大谷さんと一緒にやって来まして、これもまた大谷さんのかわりに、過分のお金を置いて行く事もありまして、私・・・ 太宰治 「ヴィヨンの妻」
・・・それこそ、過分のお褒めであった。私と北さんとは、黙って顔を見合せ、そうして同じくらい嬉しそうに一緒に微笑した。素晴らしい旅行になりそうな気がして来た。 青森駅に着いたのは翌朝の八時頃だった。八月の中ごろであったのだが、かなり寒い。霧のよ・・・ 太宰治 「帰去来」
・・・この俳句はその創業の功より得たる名誉を加えて無上の賞讃を博したれども、余より見ればその賞讃は俳句の価値に対して過分の賞讃たるを認めざるを得ず。誦するにも堪えぬ芭蕉の俳句を註釈して勿体つける俳人あれば、縁もゆかりもなき句を刻して芭蕉塚と称えこ・・・ 正岡子規 「俳人蕪村」
・・・ 当時の運動の困難な状態が、運動に熟達していないわたしにまで過分な責任をわけ与えた。作家であるわたしが、指導的なジェスチュアなどというものを知らず、同志とよばれるものの具体性さえ知らないで、未熟さをむき出しに心情的に行為したことについて・・・ 宮本百合子 「あとがき(『宮本百合子選集』第十巻)」
・・・ その時横田申候は、たとい主命なりとも、香木は無用の翫物に有之、過分の大金を擲ち候事は不可然、所詮本木を伊達家に譲り、末木を買求めたき由申候。某申候は、某は左様には存じ申さず、主君の申つけられ候は、珍らしき品を買い求め参れとの事なるに、・・・ 森鴎外 「興津弥五右衛門の遺書」
・・・ その時相役申候は、たとい主命なりとも、香木は無用の翫物に有之、過分の大金を擲ち候事は不可然、所詮本木を伊達家に譲り、末木を買求めたき由申候。某申候は、某は左様には存じ申さず、主君の申つけられ候は、珍らしき品を買求め参れとの事なるに、こ・・・ 森鴎外 「興津弥五右衛門の遺書(初稿)」
・・・「過分のいたわりようじゃ。こりゃ、奴頭。早く連れて下がって道具を渡してやれ」 奴頭は二人の子供を新参小屋に連れて往って、安寿には桶と杓、厨子王には籠と鎌を渡した。どちらにも午餉を入れるかれいけが添えてある。新参小屋はほかの奴婢の居所とは・・・ 森鴎外 「山椒大夫」
出典:青空文庫