・・・…… けれども海の不可思議を一層鮮かに感じたのは裸になった父や叔父と遠浅の渚へ下りた時である。保吉は初め砂の上へ静かに寄せて来るさざ波を怖れた。が、それは父や叔父と海の中へはいりかけたほんの二三分の感情だった。その後の彼はさざ波は勿論、・・・ 芥川竜之介 「少年」
・・・ 碧水金砂、昼の趣とは違って、霊山ヶ崎の突端と小坪の浜でおしまわした遠浅は、暗黒の色を帯び、伊豆の七島も見ゆるという蒼海原は、ささ濁に濁って、果なくおっかぶさったように堆い水面は、おなじ色に空に連って居る。浪打際は綿をば束ねたような白い・・・ 泉鏡花 「星あかり」
・・・沖はよく和ぎて漣の皺もなく島山の黒き影に囲まれてその寂なるは深山の湖水かとも思わるるばかり、足もとまで月影澄み遠浅の砂白く水底に光れり。磯高く曳き上げし舟の中にお絹お常は浴衣を脱ぎすてて心地よげに水を踏み、ほんに砂粒まで数えらるるようなと、・・・ 国木田独歩 「置土産」
・・・ 遠浅の浜べで潮の引いた時、砂の上にきれいなさざ波のような模様が現われる事があります。これは細かい砂の上で、水があちらこちらと往復運動をするためにできるものです。何か浅い箱か盥のようなものがあったら、その底へ細かい砂を少し入れ、その上に・・・ 寺田寅彦 「夏の小半日」
・・・ 何の人工も加えられず、有りのまま、なり行きのままにまかせられて居るので、池は、何時とはなし泥が増して今は、随分遠浅になって居る。 けれ共、その中央の深さは、その土地のものでさえ、馬鹿にはされないほどで、長い年月の間に茂り合った水草・・・ 宮本百合子 「農村」
・・・ 浅くひろがった松林があり、樹の間に掛茶屋が見えた。その彼方に海が光った。 藍子は、額にかざして日をよけていた雑誌の丸めたのを振りながら、ずんずん先へ立って砂浜へ出て行った。 遠浅ののんびりした沖に帆かけ船が数艘出ている。それ等・・・ 宮本百合子 「帆」
・・・ 円い池があった。遠浅で下は砂だ。子供等が膝の上まで水に浸って遊んでいる。 山の手の公園ケンシントン・ガーデンにもこういう池があった。午後その池のおもては子供らが浮べる帆走船の玩具で十八世紀のロンドン・ドックのようだった。ヨットの白・・・ 宮本百合子 「ロンドン一九二九年」
出典:青空文庫