・・・ 銀座界隈はいうまでもなく日本中で最もハイカラな場所であるが、しかしここに一層皮肉な贅沢屋があって、もし西洋そのままの西洋料理を味おうとしたなら銀座界隈の如何なる西洋料理屋もその目的には不適当なる事を発見するであろう。銀座の文明と横浜の・・・ 永井荷風 「銀座」
・・・一旦木村博士を賞揚するならば、木村博士の功績に応じて、他の学者もまた適当の名誉を荷うのが正当であるのに、他の学者は木村博士の表彰前と同じ暗黒な平面に取り残されて、ただ一の木村博士のみが、今日まで学者間に維持せられた比較的位地を飛び離れて、衆・・・ 夏目漱石 「学者と名誉」
・・・又学者の説に、医学医術等には男子よりも女子を適当なりとして女医教育の必要を唱え、現に今日にても女医の数は次第に増加すと言う。何れの方面より見ても婦人の天性を無智なりと明言して之を棄てんとするは、女大学記者の一私言と言う可きのみ。 又女は・・・ 福沢諭吉 「女大学評論」
・・・啻に抑揚などが明らかでないのみか、元来読み方が出来ていないのだから、声を出して読むには不適当である。 けれども、苟くも外国文を翻訳しようとするからには、必ずやその文調をも移さねばならぬと、これが自分が翻訳をするについて、先ず形の上の標準・・・ 二葉亭四迷 「余が翻訳の標準」
・・・ 余の如き長病人は死という事を考えだす様な機会にも度々出会い、又そういう事を考えるに適当した暇があるので、それ等の為に死という事は丁寧反覆に研究せられておる。併し死を感ずるには二様の感じ様がある。一は主観的の感じで、一は客観的の感じであ・・・ 正岡子規 「死後」
・・・人類に混食が一番適当なことはこれで見てもわかるのです。則ち人類は混食しているのが一番自然なのです。ですから我々は肉食をやめるなんて考えてはいけません。」 ずいぶんみんな堪えたのでしたがあんまりその人の身振りが滑稽でおまけにいかにも小学校・・・ 宮沢賢治 「ビジテリアン大祭」
・・・前線へもゆきたがる作家を、陸軍の従軍報道班の人々は忍耐をもって、適当に案内し、見聞させ「戦争がその姿をあらわして来た」と亢奮をも味わせている。軍人は戦い、そして勝たなければならないという明瞭な目的によって貫かれている。居留民はそこにおける地・・・ 宮本百合子 「明日の言葉」
源氏物語を現代の口語に訳する必要がありましょうか。この問題を解決しようと試みることは、この本の序文として適当だろうかと思われます。 単に必要があるかと申しますのは、精しくいえば、時代がそれを要求するかということになりま・・・ 森鴎外 「『新訳源氏物語』初版の序」
・・・これが先ず感覚の或る一つの特長だと煽動してもさして人々を誘惑するに適当した詭弁的独断のみとは云えなかろう。もしこれを疑うものがあれば、現下の文壇を一例とするのが最も便利な方法である。自分は昨年の十月に月評を引き受けてやってみた。すると、或る・・・ 横光利一 「新感覚論」
・・・シナの玉についての講義の時に、先生は玉の味が単に色や形にはなくして触覚にあることを説こうとして、適当な言葉が見つからないかのように、ただ無言で右手をあげて、人さし指と中指とを親指に擦りつけて見せた。その時あのギョロリとした眼が一種の潤いを帯・・・ 和辻哲郎 「岡倉先生の思い出」
出典:青空文庫