・・・お負にそれを洒々落々たる態度で遣って除ける。ある時ポルジイはプリュウンという果の干したのをぶら下げていた。それはボスニア産のプリュウン二千俵を買って、それを仲買に四分の一の代価で売り払った時の事である。これ程の大損をさせるプリュウンというも・・・ 著:ダビットヤーコプ・ユリウス 訳:森鴎外 「世界漫遊」
・・・この男の通らぬことはいかな日にもないので、雨の日には泥濘の深い田畝道に古い長靴を引きずっていくし、風の吹く朝には帽子を阿弥陀にかぶって塵埃を避けるようにして通るし、沿道の家々の人は、遠くからその姿を見知って、もうあの人が通ったから、あなたお・・・ 田山花袋 「少女病」
・・・こういう人はとかくに案内書や人の話を無視し、あるいはわざと避けたがる。便利と安全を買うために自分を売る事を恐れるからである。こういう変わり者はどうかすると万人の見るものを見落としがちである代わりに、いかなる案内記にもかいてないいいものを掘り・・・ 寺田寅彦 「案内者」
・・・ 話題が少し切迫してきたので、二人は深い触れ合いを避けでもするように、ふと身を起こした。「海岸へ出てみましょうか」桂三郎は言った。「そうだね」私は応えた。 ひろびろとした道路が、そこにも開けていた。「ここはこの間釣りに来・・・ 徳田秋声 「蒼白い月」
・・・意地悪ではない同級生たちさえ意地悪に見えてきて、学問と先生を除けば、みんな怖かった。 ところが、あるときこんなことがあった。 もうすぐ夏になる頃の、天気のいい日曜日だった。私は朝からこんにゃく桶をかついで、いつものように屋敷の多い住・・・ 徳永直 「こんにゃく売り」
・・・田崎と車夫喜助が鋤鍬で、雪をかき除けて見ると、去年中あれほど捜索しても分らなかった狐の穴は、冬も茂る熊笹の蔭にありあり見えすいて居る。いよいよ狐退治の評議が開かれる。 喜助は、唐辛でえぶせば、奴さん、我慢が出来ずにこんこん云いながら出て・・・ 永井荷風 「狐」
・・・ 竹籠に熱き光りを避けて、微かにともすランプを隔てて、右手に違い棚、前は緑り深き庭に向えるが女である。「画家ならば絵にもしましょ。女ならば絹を枠に張って、縫いにとりましょ」と云いながら、白地の浴衣に片足をそと崩せば、小豆皮の座布団を・・・ 夏目漱石 「一夜」
・・・と呼び、一切の交際を避けて忌み嫌った。「憑き村」の人々は、年に一度、月のない闇夜を選んで祭礼をする。その祭の様子は、彼ら以外の普通の人には全く見えない。稀れに見て来た人があっても、なぜか口をつぐんで話をしない。彼らは特殊の魔力を有し、所因の・・・ 萩原朔太郎 「猫町」
・・・ 何かしら、人間ぎらいな、人を避け、一人で秘密を味わおうという気振りが深谷にあることは、安岡も感じていた。 安岡は淋しかった。なんだか心細かった。がもう一学期半辛抱すれば、華やかな東京に出られるのだからと強いて独り慰め、鼓舞していた・・・ 葉山嘉樹 「死屍を食う男」
・・・ 上の間の唐紙は明放しにして、半ば押し除けられた屏風の中には、吉里があちらを向いて寝ているのが見える、風を引きはせぬかと気遣われるほど意気地のない布団の被けざまをして。 行燈はすでに消えて、窓の障子はほのぼのと明るくなッている。千住・・・ 広津柳浪 「今戸心中」
出典:青空文庫