・・・一しょに音楽会へ出かけることもある。銀座通りを散歩することもある。……… 主筆 勿論震災前でしょうね? 保吉 ええ、震災のずっと前です。……一しょに音楽会へ出かけることもある。銀座通りを散歩することもある。あるいはまた西洋間の電燈の・・・ 芥川竜之介 「或恋愛小説」
・・・洋一は兄と買物をしに、わざわざ銀座まで出かけて行った。「当分大時計とも絶縁だな。」 兄は尾張町の角へ出ると、半ば独り言のようにこう云った。「だから一高へはいりゃ好いのに。」「一高へなんぞちっともはいりたくはない。」「負惜・・・ 芥川竜之介 「お律と子等と」
・・・僕の両側に並んでいる町は少しも銀座通りと違いありません。やはり毛生欅の並み木のかげにいろいろの店が日除けを並べ、そのまた並み木にはさまれた道を自動車が何台も走っているのです。 やがて僕を載せた担架は細い横町を曲ったと思うと、ある家の中へ・・・ 芥川竜之介 「河童」
・・・「もっとも、一所に道を歩行いていて、左とか右とか、私と説が違って、さて自分が勝つと――銀座の人込の中で、どうです、それ見たか、と白い……」「多謝。」「逞しい。」「取消し。」「腕を、拳固がまえの握拳で、二の腕の見えるまで、・・・ 泉鏡花 「貝の穴に河童の居る事」
・・・ 宵から、銀座裏の、腰掛ではあるが、生灘をはかる、料理が安くて、庖丁の利く、小皿盛の店で、十二三人、気の置けない会合があって、狭い卓子を囲んだから、端から端へ杯が歌留多のようにはずむにつけ、店の亭主が向顱巻で気競うから菊正宗の酔が一層烈・・・ 泉鏡花 「開扉一妖帖」
・・・白い桔梗と、水紅色の常夏、と思ったのが、その二色の、花の鉄線かずらを刺繍した、銀座むきの至極当世な持もので、花はきりりとしているが、葉も蔓も弱々しく、中のものも角ばらず、なよなよと、木魚の下すべりに、優しい女の、帯の端を引伏せられたように見・・・ 泉鏡花 「燈明之巻」
・・・が、椿岳の感嘆者また蒐集家としては以上の数氏よりも遅れているが、最も熱心に蒐集したのは銀座の天居であった。天居といっては誰も余り知るまいが、天金といったら東京の名物の一つとしてお上りさんの赤ゲットにも知られてる旗亭の主人である。天居は風雅の・・・ 内田魯庵 「淡島椿岳」
・・・ よく露子は、お姉さまにつれられて、銀座の街を歩きました。そして、そのとき、美しい店の前に立って、ガラス張りの中に幾つも並んでいるオルガンや、ピアノや、マンドリンなどを見ましたとき、「お姉さま、この楽器は、みんな外国からきましたので・・・ 小川未明 「赤い船」
・・・ もっとも、珈琲といえば、今日の大阪の盛り場には、銀座と同じように、昔の香とすこしも変らぬモカやブラジルの珈琲を飲ませる店が随分出来ている。 しかし、私たちは、そんな珈琲を味うまえにまず、「こんな珈琲が飲める世の中になったのか、・・・ 織田作之助 「大阪の憂鬱」
・・・ 私は目下上京中で、銀座裏の宿舎でこの原稿を書きはじめる数時間前は、銀座のルパンという酒場で太宰治、坂口安吾の二人と酒を飲んでいた――というより、太宰治はビールを飲み、坂口安吾はウイスキーを飲み、私は今夜この原稿のために徹夜のカンヅメに・・・ 織田作之助 「可能性の文学」
出典:青空文庫