・・・――うぐい、鮠、鮴の類は格別、亭で名物にする一尺の岩魚は、娘だか、妻女だか、艶色に懸相して、獺が件の柳の根に、鰭ある錦木にするのだと風説した。いささか、あやかしがついていて、一層寂れた。鵜の啣えた鮎は、殺生ながら賞翫しても、獺の抱えた岩魚は・・・ 泉鏡花 「古狢」
・・・などとげきして居たが心がしずまるとともに、今日の行っても紫の君のこなかったこと又いくら文をやっても錦木をたてても何のかえしさえして呉れない美くしい人のことを思ってかぐわしい香の香にひたりながらふるえるようなさみしさとかなしさに涙をながし・・・ 宮本百合子 「錦木」
〔大正三年予定行事〕 一月、「蘆笛」、「千世子」完成〔一月行事予記〕「蘆笛」、「千世子」完成 To a sky-Lark 訳、「猟人日記」、「希臘神話」熟読「錦木」一月一日晴 寒〔摘要〕四方拝出席・・・ 宮本百合子 「日記」
・・・のまねをして「錦木」という長篇小説を書いた。森の魔女の話も書いた。両親たちは自分たちの生活にいそがしい。家庭生活や夫婦生活のこまかいことがませた自分に見え、親たちを批評するような心持になった。お茶の水の女学校もつまらない。陰気な激し・・・ 宮本百合子 「年譜」
・・・ その中に、「錦木」という題で、かなり長い未完のものがでてきたので、私はふっと、可愛らしい思い出を誘われた。それはこうである。私が源氏物語を読んだのは、与謝野さんの訳でではあったが、あの絢爛な王朝文学の、一種違った世界の物語りや、優に艷・・・ 宮本百合子 「昔の思い出」
出典:青空文庫