・・・ 猿股を配ってしまった時、前田侯から大きな梅鉢の紋のある長持へ入れた寄付品がたくさん来た。落雁かと思ったら、シャツと腹巻なのだそうである。前田侯だけに、やることが大きいなあと思う。 罹災民諸君が何日ぶりかで、諸君の家へ帰られる日・・・ 芥川竜之介 「水の三日」
・・・箪笥、長持、挟箱、金高蒔絵、銀金具。小指ぐらいな抽斗を開けると、中が紅いのも美しい。一双の屏風の絵は、むら消えの雪の小松に丹頂の鶴、雛鶴。一つは曲水の群青に桃の盃、絵雪洞、桃のような灯を点す。……ちょっと風情に舞扇。 白酒入れたは、ぎや・・・ 泉鏡花 「雛がたり」
・・・定紋つきの塗長持の上に据えた緋の袴の雛のわきなる柱に、矢をさした靱と、細長い瓢箪と、霊芝のようなものと一所に掛けてあった、――さ、これが変だ。のちに思っても可思議なのだが、……くれたものというと払子に似ている、木の柄が、草石蚕のように巻きぼ・・・ 泉鏡花 「夫人利生記」
跡のはげたる入長持 聟入、取なんかの時に小石をぶつけるのはずいぶんらんぼうな事である。どうしたわけでこんな事をするかと云うと是はりんきの始めである。人がよい事があるとわきから腹を立てたりするのも世の中の人心・・・ 著:井原西鶴 訳:宮本百合子 「元禄時代小説第一巻「本朝二十不孝」ぬきほ(言文一致訳)」
・・・こういう短命なものを批評するのと、彫刻や油絵のような長持ちのするものを批評するのとでは、批評の骨の折れ方もちがうわけである。一週間映写されたきりでおそらくまず二度とは見られる気づかいのないような映画を批評するのなら、何を言っておいてもあとに・・・ 寺田寅彦 「映画雑感(4[#「4」はローマ数字、1-13-24])」
・・・その時かかったドイツの医者は、細工はなんとなく不器用であったが、しかしその修理法がいかにも合理的で、一時の間に合わせでなくて長持ちのするような徹底的のものであるのに感心した。その歯医者が、治療した歯の隣の歯を軽くつついてそれがゆらゆら動くの・・・ 寺田寅彦 「自由画稿」
・・・もっともステッキに限らず大概の国産商品がそうであり、ちゃんとした器械類でさえも長持ちのするのは珍しい。ステッキが用のない人のぜいたく品ならば、なるべく早くいけなくなって、始終新しく取り換えるほうがいいかもしれない。実際新しいステッキを買うと・・・ 寺田寅彦 「ステッキ」
・・・竹刀が長持ちに幾杯とかあったというような事を亮の祖母から聞いた事がある。 亮の父すなわち私の姉の夫は、同時にまた私や姉の従兄に当たっている。少年時代には藩兵として東京に出ていたが、後に南画を川村雨谷に学んで春田と号した。私が物心ついてか・・・ 寺田寅彦 「亮の追憶」
・・・その規則をあてはめられる人間の内面生活は自然に一つの規則を布衍している事は前申し上げた説明ですでに明かな事実なのだから、その内面生活と根本義において牴触しない規則を抽象して標榜しなくては長持がしない。いたずらに外部から観察して綺麗に纏め上げ・・・ 夏目漱石 「中味と形式」
・・・ お医者の云った事は、お君に解らなかったけれ共、十中の九までは、長持ちのしない、骨盤結核になって、それも、もう大分手おくれになり気味であった。 流石のお金も、びっくりして、物が入る入ると云いながら翌日病院に入れて仕舞った。 いよ・・・ 宮本百合子 「栄蔵の死」
出典:青空文庫