・・・したが、まさかアバタ穴にもはいれまい。したが隠れ穴はどこにもあろう。さらばじゃ」「あッ佐助様。待って」「この醜くさ、この恥かしさ、そなたの前にさらすのも、今宵限りじゃ」 さらばじゃと、大袈裟な身振りを残すと、あっという間に佐助は・・・ 織田作之助 「猿飛佐助」
・・・そして大きな石の下なぞに息を殺して隠れて居る。すると婆さんが捜しに来る。そして大きな石をあげて見る、――いやはや悪魔共が居るわ/\、塊り合ってわな/\ぶる/\慄えている。それをまた婆さんが引掴んで行って、一層ひどくコキ使う。それでもどうして・・・ 葛西善蔵 「子をつれて」
・・・坂を下りるにつれて星が雑木林の蔭へ隠れてゆく。 道で、彼はやはり帰りの姑に偶然追いついた。声をかける前に、少時行一は姑を客観しながら歩いた。家人を往来で眺める珍しい心で。「なんてしょんぼりしているんだろう」 肩の表情は痛いたしか・・・ 梶井基次郎 「雪後」
・・・田はその昔、ある大名の下屋敷の池であったのを埋めたのでしょう、まわりは築山らしいのがいくつか凸起しているので、雁にはよき隠れ場であるので、そのころ毎晩のように一群れの雁がおりたものです。 恋しき父母兄弟に離れ、はるばると都に来て、燃ゆる・・・ 国木田独歩 「あの時分」
・・・しかし今度は、前の日自分が腰掛けた岩としばらく隠れた大な岩とをやや久しく見ていたが、そのあげくに突然と声張り上げて、ちとおかしな調子で、「我は官軍、我が敵は」と叫び出して山手へと進んだ。山鳴り谷答えて、いずくにか潜んでいる悪魔でも唱い返した・・・ 幸田露伴 「雁坂越」
・・・俊雄冬吉は離れられぬ縁の糸巻き来るは呼ぶはの逢瀬繁く姉じゃ弟じゃの戯ぶれが、異なものと土地に名を唄われわれより男は年下なれば色にはままになるが冬吉は面白く今夜はわたしが奢りますると銭金を帳面のほかなる隠れ遊び、出が道明ゆえ厭かは知らねど類の・・・ 斎藤緑雨 「かくれんぼ」
・・・日ごろ感じやすく、涙もろく、それだけ激しやすい次郎は、私の陰に隠れて泣いている妹を見ると、さもいまいましそうに、「とうさんが来たと思って、いい気になって泣くない。」「けんかはよせ。末ちゃんを打つなら、さあとうさんを打て。」 と、・・・ 島崎藤村 「嵐」
・・・ どこをも、別荘の園のあるあたりをも、波戸場になっているあたりをも、ずっと下がって、もう河の西岸の山が畠の畝に隠れてしまう町のあたりをも、こんた黒い男等の群がゆっくり歩いている。数週前から慣れた労働もせず、随って賃銀も貰わないのである。・・・ 著:シュミットボンウィルヘルム 訳:森鴎外 「鴉」
・・・ほら、踵がすっかり隠れる」と言うと、「母さんのだもの」と炬燵から章坊が言う。「小母さんはこんなに背が高いのかなあ」「なんの、あなたが少し低うなりなんしたのいの。病気をしなんすもんじゃけに」と初やが冗談をいう。「女は腰のところ・・・ 鈴木三重吉 「千鳥」
・・・ 夏の中に、秋がこっそり隠れて、もはや来ているのであるが、人は、炎熱にだまされて、それを見破ることが出来ぬ。耳を澄まして注意をしていると、夏になると同時に、虫が鳴いているのだし、庭に気をくばって見ていると、桔梗の花も、夏になるとすぐ咲い・・・ 太宰治 「ア、秋」
出典:青空文庫