・・・今の所ではまだまだ供給が需要に充たない恨みがある。しかしながら同時に一面には労働運動を純粋に労働者の生活と感情とに基づく純一なものにしようとする気勢が揚りつつあるのもまた疑うべからざる事実である。人はあるいはいうかもしれない。その気勢とても・・・ 有島武郎 「片信」
・・・ヤトナというのはいわば臨時雇で宴会や婚礼に出張する有芸仲居のことで、芸者の花代よりは随分安上りだから、けちくさい宴会からの需要が多く、おきんは芸者上りのヤトナ数人と連絡をとり、派出させて仲介の分をはねると相当な儲けになり、今では電話の一本も・・・ 織田作之助 「夫婦善哉」
・・・しかしながらジャーナリズムはまた需要にこたえるものでもある。読書子の書物への期待が深く、高いならば、そのような書物についにはあうことができるであろう。 四 書物無き世界 人間教養の最後は、しかしながら、書物によるもの・・・ 倉田百三 「学生と読書」
・・・ そうかと言って陶器の需要のない所には陶土の要求もあるはずはないのは言うまでもないことである。 しかし、そういう理屈はいっさい抜きにして、あの陶工の両手の間で死んだ土塊が真に生き物のように生長して行く光景を見ている瞬間には、どうして・・・ 寺田寅彦 「空想日録」
・・・そういう品物がどういう種類の需要者によって、どういう目的のために要求されているかという事を聞きただしてみたいような気がした。何故もう少し、しっかりした、役に立つものを作らないのか要求しないのか。 この最後の疑問はしかしおそらく現在の我国・・・ 寺田寅彦 「石油ランプ」
・・・ もしも需要者のほうで粗製品を相手にしなければ、そんなものは自然に影を隠してしまうだろう。そしてごまかしでないほんものが取って代わるに相違ない。 構造物の材料や構造物に対する検査の方法が完成していれば、たちの悪い請負師でも手を抜くす・・・ 寺田寅彦 「断水の日」
・・・それはちょうど手ぬぐい浴衣もあればつづれ錦の丸帯もあると同様なわけであって、各種階級の購買者の需要を満足するようにそれぞれの生産者によって企図され製作されて出現し陳列されているに相違ない。 商品として見た書籍はいかなる種類の商品に属する・・・ 寺田寅彦 「読書の今昔」
・・・人生の問題に無頓着でいられない人々の間には猫いらずの妙な需要はますます多くなるかもしれない。 この騒ぎが静まってやっと十分か二十分たったと思うころに、今度は台所で第二の騒ぎが始まった。人間の悲鳴だか動物のほえるのだかわからないような気味・・・ 寺田寅彦 「ねずみと猫」
・・・して見ると、万年筆が輸入されてから今日迄に既に何年を経過したか分らないが、兎に角高価の割には大変需要の多いものになりつつあるのは争う可らざる事実の様である。 万年筆の最上等になると一本で三百円もするのがあるとかいう話である。丸善へ取り寄・・・ 夏目漱石 「余と万年筆」
・・・次三男出身の血路は、ただ養子の一方のみなれども、男児なき家の数は少なくして、次三男出生の数は多く、需要供給その平均を得ずして、つねに父兄の家に養われ、ついには二世にして姪の保護を蒙りて死する者少なからず。これを家の厄介と称す。俗にいわゆるす・・・ 福沢諭吉 「徳育如何」
出典:青空文庫