一 太空は一片の雲も宿めないが黒味渡ッて、二十四日の月はまだ上らず、霊あるがごとき星のきらめきは、仰げば身も冽るほどである。不夜城を誇り顔の電気燈にも、霜枯れ三月の淋しさは免れず、大門から水道尻まで、茶屋の・・・ 広津柳浪 「今戸心中」
・・・ 今年の秋は、いつになく菊をあつめたので、その霜枯れてみっともない姿が垣根にそうてズラリとならんで居る。 茶色の根の囲りに土の中から、浅いみどりの芽がチョンビリのぞいて居るのが、いかにもたのもしく又いじらしく見える。 木が多いの・・・ 宮本百合子 「霜柱」
・・・活々として初々しい理性の発芽を、いきなり霜枯れさせた点である。今日、聰明で、誠実な若い世代は、自身の世代が蒙った損傷をとりかえそうとして苦闘しているのである。 その努力の一つの表現として、自分たちの新聞一枚も出そうとしている人々に対して・・・ 宮本百合子 「信義について」
・・・ 何か一つの転機が、彼女の上に新らしい刺戟と感動とを齎しさえすれば、一旦は霜枯れたそれ等の華も、目覚ましい色をもって咲き満ちる可能性が、一つ一つの細胞の奥に巣籠っていたのである。 そして、この非常に要求されていた一転機として、彼女の・・・ 宮本百合子 「地は饒なり」
出典:青空文庫