・・・それは病院と言っても決して立派な建物ではなく、昼になると「妊婦預ります」という看板が屋根の上へ張り出されている粗末な洋風家屋であった。十ほどあるその窓のあるものは明るくあるものは暗く閉ざされている。漏斗型に電燈の被いが部屋のなかの明暗を区切・・・ 梶井基次郎 「ある崖上の感情」
・・・「主人はただ私に画を頂戴して参れとばかりではなく、こちらの定窯鼎をお預かり致してまいれ、御直段の事はいずれ御相談致しますということで」といった。定鼎の売れ口がありそうな談である。そこで廷珸は悦んで例の鼎を出して仏元に渡した。廷珸は仏元に、よ・・・ 幸田露伴 「骨董」
・・・彼女は一日も手放しがたいものに思うお新を連れ、預り子の小さな甥を連れ、附添の婆やまで連れて、賑かに家を出て来たが、古い馴染の軒を離れる時にはさすがに限りない感慨を覚えた。彼女はその昂奮を笑いに紛わして来た。「みんな、行って来るぞい」その言葉・・・ 島崎藤村 「ある女の生涯」
・・・ 思いもよらない収入のある話と私が言ったのは、この大量生産の結果で、各著作者の所得をなるべく平均にするために、一割二分の約束の印税の中から社預かりの分を差し引いても、およそ二万円あまりの金が私の手にはいるはずであった。細い筆を力に四人の・・・ 島崎藤村 「分配」
・・・入用なときはいつでも「預かり証」と引き換えに持って帰ることができるのである。ただ問題は、肝心の時にその「預かり証」がなくなっていることである。 アルプスにも山火事があるように、デパートにも火事がある。山火事は谷から峰へと燃え上がるが、ま・・・ 寺田寅彦 「銀座アルプス」
・・・をちゃんと知っている、と云ったようなことを書きならべ、貴下の随筆も必ず何か種の出所があるだろうというようなことを婉曲に諷した後に、急に方向を一転して自分の生活の刻下の窮状を描写し、つまりは若干の助力に預りたいという結論に到達しているのであっ・・・ 寺田寅彦 「随筆難」
・・・この自動車と相対して、おそらく我が日本だけに特有な下足預り所なるものがある。「ステッキはコチラデスヨー」などという極めてプロレタリアンな声が、労働階級の細君ででもあるらしい下足番の口から響いて来る。それからあのいつもの漆喰細工の大玄関をはい・・・ 寺田寅彦 「帝展を見ざるの記」
今日は図らず御招きに預りまして突然参上致しました次第でありますが、私は元この学校で育った者で、私にとってはこの学校は大分縁故の深い学校であります。にもかかわらず、今日までこういう、即ち弁論部の御招待に預って、諸君の前に立っ・・・ 夏目漱石 「模倣と独立」
・・・近年の男子中には往々此道を知らず、幼年の時より他人の家に養われて衣食は勿論、学校教育の事に至るまでも、一切万事養家の世話に預り、年漸く長じて家の娘と結婚、養父母は先ず是れにて安心と思いの外、この養子が羽翼既に成りて社会に頭角を顕すと同時に、・・・ 福沢諭吉 「女大学評論」
・・・鬱散養生とあれば花見も宜し湯治も賛成なり、或は集会宴席の附合も自から利益なれども、其外出するや子供を家に残して夫婦の留守中、下女下男の預りにて、初生児は無理に牛乳に養わるゝと言う。恰も雇人に任せたる蚕の如し。其生育如何は自問して自答に難から・・・ 福沢諭吉 「新女大学」
出典:青空文庫