・・・自分は早速Sさんに入院の運びを願うことにした。「じゃU病院にしましょう。近いだけでも便利ですから」Sさんはすすめられた茶も飲まずに、U病院へ電話をかけに行った。自分はその間に妻を呼び、伯母にも病院へ行って貰うことにした。 その日は客に会・・・ 芥川竜之介 「子供の病気」
・・・ わたしは御主人の顔を見るほかに、何も願うことはありません。そのため今夜ははるばるともう一度ここへ帰って来ました。どうか夜の明け次第、お嬢さんや坊ちゃんに会わして下さい。」 白は独語を云い終ると、芝生にをさしのべたなり、いつかぐっすり寝・・・ 芥川竜之介 「白」
・・・「いえ手前でございますならまだいただきたくはございませんから……全くこのお話は十分に御了解を願うことにしないとなんでございますから……しかし御用意ができましたのなら……」「いやできておっても少しもかまわんのです」 父は矢部の取り・・・ 有島武郎 「親子」
・・・それゆえこの農場も、諸君全体の共有にして、諸君全体がこの土地に責任を感じ、助け合って、その生産を計るよう仕向けていってもらいたいと願うのです。 単に利害勘定からいっても、私の父がこの土地に投入した資金と、その後の維持、改良、納税のために・・・ 有島武郎 「小作人への告別」
・・・またあらざらん事を、われらは願う。観聞志もし過ちたらんには不都合なり、王勃が謂う所などはどうでもよし、心すべき事ならずや。 近頃心して人に問う、甲冑堂の花あやめ、あわれに、今も咲けるとぞ。 唐土の昔、咸寧の吏、韓伯が子某と、王蘊が子・・・ 泉鏡花 「一景話題」
・・・御婦人、紳士方が、社会道徳の規律に因って、相当の御制裁を御満足にお加えを願う。それは甘んじて受けます。 いずれも命を致さねばなりますまい。 それは、しかし厭いません。 が、ただここに、あらゆる罪科、一切の制裁の中に、私が最も苦痛・・・ 泉鏡花 「革鞄の怪」
・・・人間は誰とて無事をこいねがうの念の無いものは無い筈であるが、身に多くの係累者を持った者、殊に手足まといの幼少者などある身には、更に痛切に無事を願うの念が強いのである。 一朝禍を蹈むの場合にあたって、係累の多い者ほど、惨害はその惨の甚しい・・・ 伊藤左千夫 「水害雑録」
・・・誰でもが自分の生活を享楽と、総て喜びでありたいと願うだろうが、併しそれは、健康な者が常に健康ではあり得ないように、少しの間隙が生ずれば、直に不安は襲うて来るであろう。又それは、明るみを歩む人間に、常に暗い影が伴い、喜びの裡に悲しみの潜むのと・・・ 小川未明 「波の如く去来す」
・・・「まあせっかくだから、これはありがたく頂戴しておくが、これからはね、どうか一切こういうことはやめにして……それでないと、親類付合いに願うはずのがかえって他人行儀になるから……そう、親類付合いと言や」とお光を顧みて、「お前、お仙ちゃんの話・・・ 小栗風葉 「深川女房」
・・・妄想で自らを卑屈にすることなく、戦うべき相手とこそ戦いたい、そしてその後の調和にこそ安んじたいと願う私の気持をお伝えしたくこの筆をとりました。――一九二五年十月―― 梶井基次郎 「橡の花」
出典:青空文庫