・・・ひとりその店にて製する餡、乾かず、湿らず、土用の中にても久しきに堪えて、その質を変えず、格別の風味なり。其家のなにがし、遠き昔なりけん、村隣りに尋ぬるものありとて、一日宵のほどふと家を出でしがそのまま帰らず、捜すに処無きに至りて世に亡きもの・・・ 泉鏡花 「一景話題」
・・・淡島屋のでなければ軽焼は風味も良くないし、疱瘡痲疹の呪いにもならないように誰いうとなく言い囃したので、疱瘡痲疹の流行時には店前が市をなし、一々番号札を渡して札順で売ったもんだ。自然遅れて来たものは札が請取れないから、前日に札を取って置いて翌・・・ 内田魯庵 「淡島椿岳」
・・・それは、お粥にゆで小豆を散らして、塩で風味をつけたものであった。老人の田舎のごちそうであった。眼をつぶって仰向のまま、二匙すすると、もういい、と言った。ほかになにか、と問われ、うす笑いして、遊びたい、と答えた。老人の、ひとのよい無学ではある・・・ 太宰治 「逆行」
出典:青空文庫