・・・しかるにせっかく建てたこの小亭があまり利用されないでいたずらに風雨にさらされているとすればこれは惜しい事である。これは人々があまり忙し過ぎるせいかもしれない。そうだとすればこれらの人々を駆使している家主が責任を負わなければなるまい。しかし中・・・ 寺田寅彦 「丸善と三越」
・・・その間に抽斗の草稿は一枚二枚と剥ぎ裂かれて、煙管の脂を拭う紙捻になったり、ランプの油壺やホヤを拭う反古紙になったりして、百枚ほどの草稿は今既に幾枚をも余さなくなった。風雨一過するごとに電燈の消えてしまう今の世に旧時代の行燈とランプとは、家に・・・ 永井荷風 「十日の菊」
・・・シカシテ風雨一過香雲地ニ委ヌレバ十里ノ長堤寂トシテ人ナキナリ。知ラズ我ガ上ノ勝ハ桜花ニ非ズシテ実ニ緑陰幽草ノ侯ニアルヲ。モシソレ薫風南ヨリ来ツテ水波紋ヲ生ジ、新樹空ニ連ツテ風露香ヲ送ル。渡頭人稀ニ白鷺雙々、舟ヲ掠メテ飛ビ、楼外花尽キ、黄悄々・・・ 永井荷風 「向嶋」
・・・日月星辰の運転、風雨雪霜の変化、火の熱きゆえん、氷の冷きゆえん、井を掘りて水の出ずるゆえん、火を焚きて飯の出来るゆえん、一々その働きを見てその源因を究むるの学にて、工夫発明、器械の用法等、皆これに基かざるものなし。元来、物を見てその理を知ら・・・ 福沢諭吉 「学校の説」
・・・それほど、風雨はきついのである。あるときはちりぢりとなって、あるときは獄の内外に、あるときは一つ屋根の下に、それぞれの活動に応じ千変万化の必要な形をとりつつ階級の歴史とともにその幸福の可能性をも増大させつつ進んでゆく一貫性は、もはや単に希望・・・ 宮本百合子 「新しい一夫一婦」
・・・一つの学校として、長年風雨に打ち叩かれた建物よりは、新らしい、高い、ハイカラーな校舎を持つ方が勿論結構である。お目出度い。けれども、私、或はそれより以前に幾年かの間彼処に馴染んだ人々は、誠之という名とともに、どんな庭や廊下を思い出すだろうか・・・ 宮本百合子 「思い出すかずかず」
・・・或る人は何か一人で風雨にさらされているような明暮れに疲れを感じ、同じような境遇の対手を見つけて互に寄り添ったところのある生活に入りたいという希望をもっている人もあるだろう。ただ寄り添うばかりでなく、二人よったことで二つの人間としての善意をも・・・ 宮本百合子 「これから結婚する人の心持」
・・・異から技術的にもつべき特質というものもワインガルトナーと夫人の芸術家としての生活は、教養で音楽を深く理解する範囲では今日でもすでに傑れているに相異ないが、自分の生活で音をつかんで来るという、人間生活の風雨と芸術の疾風にさらされた味は感じられ・・・ 宮本百合子 「近頃の話題」
・・・人通りの稀な街路の、右手は波止場の海水がたぷたぷよせている低い石垣、左側には、鉄柵と植込み越しに永年風雨に曝された洋館の閉された窓々が、まばらに光る雨脚の間から、動かぬ汽船の錆びた色を見つめている。左右に其等の静かな、物懶いような景物を眺め・・・ 宮本百合子 「長崎の印象」
出典:青空文庫