・・・ともちゃん……じゃない、奥さんは庭にお出でなすって、お兄さんの棺を飾る花をお集めくださいませんか。ドモ又、おまえが描いたという画はなんでもかんでも持ち出してサインをしろ。そうして青島、おまえひとつこの石膏面に絵の具を塗ってドモ又の死に顔らし・・・ 有島武郎 「ドモ又の死」
・・・の趣があって、健なる神の、草鞋を飾る花たばと見ゆるまで、日に輝きつつも、何となく旅情を催させて、故郷なれば可懐しさも身に沁みる。 峰の松風が遠く静に聞えた。 庫裡に音信れて、お墓経をと頼むと、気軽に取次がれた住職が、納所とも小僧とも・・・ 泉鏡花 「夫人利生記」
・・・大抵は悪紙に描きなぐった泥画であるゆえ、田舎のお大尽や成金やお大名の座敷の床の間を飾るには不向きであるが、悪紙悪墨の中に燦めく奔放無礙の稀有の健腕が金屏風や錦襴表装のピカピカ光った画を睥睨威圧するは、丁度墨染の麻の衣の禅匠が役者のような緋の・・・ 内田魯庵 「淡島椿岳」
・・・とはいうものの『八犬伝』の舞台をして規模雄大の感あらしめるのはこの両管領との合戦記であるから、最後の幕を飾る場面としてまんざら無用でないかも知れない。 が、『八犬伝』は、前にもいう通り第八輯で最高頂に達し、第九輯巻二十一の百三十一回の八・・・ 内田魯庵 「八犬伝談余」
・・・明治の酷吏伝の第一頁を飾るべき時の警視総監三島通庸は遺憾なく鉄腕を発揮して蟻の這う隙間もないまでに厳戒し、帝都の志士論客を小犬を追払うように一掃した。その時最も痛快なる芝居を打って大向うを唸らしたのは学堂尾崎行雄であった。尾崎は重なる逐客の・・・ 内田魯庵 「四十年前」
・・・ 一時の世評によって、其等の作家は全集ともなり、文化を飾るに過ぎぬのである。もし其の暇と余裕があるならば、各作家の作品を新に読み返すことは真の文芸史を書く上から無意義であるまい。 小川未明 「ラスキンの言葉」
・・・私なぞの考えで見ると、何も家をお持ちなさるからって、暮に遣う煤掃きの煤取りから、正月飾る鏡餅のお三方まで一度に買い調えなきゃならないというものじゃなし、お竈を据えて、長火鉢を置いて、一軒のお住居をなさるにむつかしいことも何もないと思いますが・・・ 小栗風葉 「深川女房」
・・・間もなく、彼は三十軒の支店長へ手紙をだして曰く、――支店の成績をあげるためには、それ相当に店舗を飾る必要がある。この意味に於いて、総発売元は各支店へ戸棚二個、欅吊看板二枚、紙張横額二枚、金屏風半双を送付する。よって、その実費として、二百円送・・・ 織田作之助 「勧善懲悪」
・・・そして幸福な帰郷を飾る羽織だ。私はてれ隠しと羨望の念から、起って行って自分の肩にかけてみたりした。「色が少しどうもね。……まるで芸者屋のお女将でも着そうな羽織じゃないか」風々主義者の彼も、さすが悪い気持はしないといった顔してこう言った。・・・ 葛西善蔵 「遁走」
・・・ 盆が来て、みそ萩や酸漿で精霊棚を飾るころには、私は子供らの母親の位牌を旅の鞄の中から取り出した。宿屋ずまいする私たちも門口に出て、宿の人たちと一緒に麻幹を焚いた。私たちは順に迎え火の消えた跡をまたいだ。すると、次郎はみんなの見ている前・・・ 島崎藤村 「嵐」
出典:青空文庫