・・・部屋に飾る花が一つあれば、それでたくさんだって。」「そうかなあ。そんなこと言ったかなあ。」私は、とにかく花を受け取り、「いや、どうも、ありがとう。幸吉さんと、妹さんにも、そう言って下さい。ゆうべは、ほんとうに失礼しました。いつもは、あん・・・ 太宰治 「新樹の言葉」
・・・霜柱にあれた庭を飾るものは子供の襁褓くらいなものだ。この頃の僕は何だかだんだんに変って来る。美しい物の影が次第に心から消えて行く。金がほしくなる。かつて二階から見下ろしたジュセッポにいつの間にか似てくるようだ。堕落か、向上か。どちだか分らな・・・ 寺田寅彦 「イタリア人」
・・・レーノルズの全集をひやかしてこの異彩ある学者を礼讃してみたり、マクスウェルの伝記中にあるこの物理学者の戯作ヴァンパヤーの詩や、それを飾る愉快に稚拙なペン画を嬉しがったりした。そんな下らないことが、今から考えてみると、みんな後年の自分の生涯に・・・ 寺田寅彦 「科学に志す人へ」
・・・黒い炭の中に交ぜて炭取を飾り炉の中を飾る。焼けると真白に光って美しい。瓦斯の焔を石灰に吹きつけて光らせるのはドラモンド灯であるが、白炭の強い光を喜んだ昔の人は偶然に一種のドラモンド灯を知っていた訳である。 埋火 炭・・・ 寺田寅彦 「歳時記新註」
・・・近ごろよく喫茶店などの卓上を飾るあの闊葉のゴムの木とは別物である。しかし今でも時々このいわゆる「ゴムの木」の葉のにおいに似たにおいをかぐことがある。するときっとこの昔の郷里のゴムの木のにおいを思い出すと同時にある幼時の特別な出来事の記憶が忽・・・ 寺田寅彦 「試験管」
・・・そうして物理学者としての最高の栄冠が自然にこの東洋学者の頭上を飾ることになってしまった。思うにこの人もやはり少し変わった人である。多数の人の血眼になっていきせき追っかけるいわゆる先端的前線などは、てんでかまわないような顔をしてのんきそうに骨・・・ 寺田寅彦 「時事雑感」
・・・ 降誕祭の初めの日には、主婦さんが、タンネンバウムを飾るから手伝ってくれぬかと言うので、お手伝いしました。たいそう古くなったお菓子を黄色いリボンで縛ったのが一箱あって、これもつるすのだといって、樅の木へほかの飾り物といっしょにつるしまし・・・ 寺田寅彦 「先生への通信」
・・・屋根に積った真白な雪の間から、軒裏を飾る彫刻の色彩の驚くばかり美しく浮上っていた事と、漆塗の黒い門の扉を後にして落花のように柔かく雪の降って来る有様と、それらは一面の絵として、自分には如何なる外国の傑作品をも聯想せしめない、全く特種の美しい・・・ 永井荷風 「霊廟」
・・・人は『源氏物語』や近松や西鶴を挙げてわれらの過去を飾るに足る天才の発揮と見認めるかも知れないが、余には到底そんな己惚は起せない。 余が現在の頭を支配し余が将来の仕事に影響するものは残念ながら、わが祖先のもたらした過去でなくって、かえって・・・ 夏目漱石 「『東洋美術図譜』」
・・・こうすれば雑誌の編輯者とか購買者とかにはまるで影響を及ぼさずに、ただ雑誌を飾る作家だけが寛容ぐ利益のある事だから、一雑誌に載る小説の数がむやみに殖える気遣はない。尤も自分で書いて自分で雑誌を出す道楽な文士は多少増かも知れないが、それは実施の・・・ 夏目漱石 「文芸委員は何をするか」
出典:青空文庫