一 庭の山茶花も散りかけた頃である。震災後家を挙げて阪地に去られた小山内君がぷらとん社の主人を伴い、倶に上京してわたしの家を訪われた。両君の来意は近年徒に拙を養うにのみ力めているわたしを激励して、小説に・・・ 永井荷風 「十日の菊」
・・・学者が学問をもって畢生の業と覚悟したるうえは、自身に政治の思想はもとより養うべきも、政壇青雲の志は断じて廃棄せざるべからず。 然るに近日、世間の風潮をみるに、政治家なる者が教育の学校を自家の便に利用するか、または政治の気風が自然に教場に・・・ 福沢諭吉 「学問の独立」
・・・高尚なるを求め、国民の智徳の高さと文明の学理の高さと、ほぼ相当らしむべきの要を知らずして、今のままの方向に進みたらんには、国中ますます教師を生ずるのみにして、実業につく者なく、はじめにいえる如く、蚕を養うて蚕卵を生じ、その卵を孵化してまた卵・・・ 福沢諭吉 「慶応義塾学生諸氏に告ぐ」
・・・ゆえに今この問題に付ては、人にしてこの明識を有すると有せざるとの原因はいかん、これを養うの方法はいかにして可ならんとて、その原因を尋ね、その方法を求めて、はじめて議論の局を結ぶべきなり。 およそ物の有害無害を知らんとするには、まずその性・・・ 福沢諭吉 「経世の学、また講究すべし」
・・・を養ったが、我々新時代の人は物理的に養うべきではなかろうかという考になった。 心理学、医学に次いで、生理心理学を研究し始めた。是等に関する英書は随分蒐めたもので、殆ど十何年間、三十歳を越すまで研究した。呉博士と往復したのも、参考書類を読・・・ 二葉亭四迷 「予が半生の懺悔」
・・・「で一般に、この鶏の肉に限らず、鳥の肉には私たちの脳神経を養うに一番大事な燐がたくさんあるのです。」 こんなことは女学校の家事の本に書いてあることだ、やっぱり仲々程度が高い、ばかにできないと私は思いました。先生は又つづけます。「・・・ 宮沢賢治 「茨海小学校」
・・・牛一頭を養うには八エーカーの牧草地が要ります。そこに一番計算の早い小麦を作って見ましょうか。十人の人の一年の食糧が毎年とれます。牛ならどうです。一年の間に肥る分左様百六十キログラムの牛肉で十人の人が一年生きていられますか。一人一日五十グラム・・・ 宮沢賢治 「ビジテリアン大祭」
・・・私はドイツでも、堂々としたジーメンスの工場を見たが、その工場の内に働く者の幸福を高めるための技術を養う工場学校があり、しかも十八歳までは六時間労働、十六歳以下は四時間と、ちゃんと法律によって定め、その賃銀の払われる労働時間のうちに教育のため・・・ 宮本百合子 「明るい工場」
・・・ 携帯口糧のように整理された文化の遺産は、時にとって運ぶに便利であろうけれども、骨格逞しく精神たかく、半野生的東洋に光を注ぐ未来の担いてを養うにはそれだけで十分とは云い切れまいと思える。 三代目ということは、日本の川柳で極めてリアル・・・ 宮本百合子 「明日の実力の為に」
・・・米と肉と野菜とで養う肉体はこの尊ぶべき心霊を欠く時一疋の豕に過ぎない、野を行く牛の兄弟である。塵よりいでて塵に返る有限の人の身に光明に充つる霊を宿し、肉と霊との円満なる調和を見る時羽なき二足獣は、威厳ある「人」に進化する。肉は袋であり霊は珠・・・ 和辻哲郎 「霊的本能主義」
出典:青空文庫