・・・ そして僕は今井に養子にもらわれた。叔父さんが僕のおとっさんになった、僕はその後何度もお伴をして猟に行ったが、岩烏を見つけるとソッと石を拾って追ってくれた、義父が見ると気嫌を悪くするから。 人のいい優しい、そして勇気のある剛胆な、義・・・ 国木田独歩 「鹿狩り」
・・・ 三十の年に恩人の無理じいに屈して、養子に行き、養子先の娘の半気違いに辛抱しきれず、ついに敬太郎という男の子を連れて飛びだしてしまい、その子は姉に預けて育ててもらう、それ以後は決して妻帯せず、純然たるひとり者で、とうとう六十余歳まで通し・・・ 国木田独歩 「二老人」
・・・川音と話声と混るので甚く聞き辛くはあるが、話の中に自分の名が聞えたので、おのずと聞き逸すまいと思って耳を立てて聞くと、「なあ甲助、どうせ養子をするほども無い財産だから、嚊が勧める嚊の甥なんぞの気心も知れねえ奴を入れるよりは、怜悧で天賦の良い・・・ 幸田露伴 「雁坂越」
・・・ で、諸大名ら人の執成しで、将軍義澄の叔母の縁づいている太政大臣九条政基の子を養子に貰って元服させ、将軍が烏帽子親になって、その名の一字を受けさせ、源九郎澄之とならせた。 澄之は出た家も好し、上品の若者だったから、人も好い若君と喜び・・・ 幸田露伴 「魔法修行者」
・・・その言葉を養子夫婦にも、奉公人一同にも残して置いて来た。彼女の真意では、しばらく蜂谷の医院に養生した上で、是非とも東京の空まではとこころざしていた。東京には長いこと彼女の見ない弟達が居たから。 蜂谷の医院は中央線の須原駅に近いところにあ・・・ 島崎藤村 「ある女の生涯」
・・・その後、先生が高輪の教会の牧師をして、かたわらある女学校へ教えに行った時分、誰か桜井の家名を継がせるものをと思って――その頃は先生も頼りにする子が無かったから――養子の話まで仄めかして見たのも高瀬だった。その高瀬が今度は塾の教員として、先生・・・ 島崎藤村 「岩石の間」
・・・主人は、養子らしかった。その老妻である。かず枝は、甘栗を買い求めた。嘉七はすすめて、もすこし多く買わせた。 上野駅には、ふるさとのにおいがする。誰か、郷里のひとがいないかと、嘉七には、いつもおそろしかった。わけてもその夜は、お店の手代と・・・ 太宰治 「姥捨」
・・・×日正午すぎ×区×町×番地×商、何某さんは自宅六畳間で次男何某君の頭を薪割で一撃して殺害、自分はハサミで喉を突いたが死に切れず附近の医院に収容したが危篤、同家では最近二女某さんに養子を迎えたが、次男が唖の上に少し頭が悪いので娘可愛さから思い・・・ 太宰治 「桜桃」
・・・ もう一つ、自分の学生時代に世話になった銀座のある商店の養子になっていた人から聞いた話によると、その実家というのが牛込の喜久井町で、そのすぐ裏隣りとかに夏目という家があった、幼い時のことだから、その夏目家の人については何の記憶もないがそ・・・ 寺田寅彦 「埋もれた漱石伝記資料」
・・・例えば有為の青年を金や権勢や義理合やでとって抑えて本人のあまり気のすすまぬ金持の養子にしたり、あるいはあまり適当でない地位に縛り付けたりする事があるとすれば、これはいくらかカラザン人の遣り口に共通なところがありはしまいか。 この悪習は忽・・・ 寺田寅彦 「マルコポロから」
出典:青空文庫