・・・しあわせに近所じゅういったいに樹木が多いので、それが背景になって樹木の緑にはそれほど飢える事はない。 許されうる限りの日光を吸収して、芝は気持ちよく生長する。無心な子供に踏みあらされても、きびしい氷点下の寒さにさらされても、この粘り強い・・・ 寺田寅彦 「芝刈り」
・・・貧民いかに正直なりともおのれが飢える飢えぬの境に至って墓場の鴉に忠義だてするにも及ぶまい。花はとにかく、供え物を取るのは決して無理ではない。西洋の公園でも花だから誰も取らずに置くがもしパンを落して置いたらどうであろう。きっとまたたく間になく・・・ 正岡子規 「墓」
・・・腕をもっている人たち、働けば拵えられる人々が、坐って飢えるのを待っているだろうとは思われない。拵えたものが農村で入用だのに、その代りとして農産物を出したくないという非常識なものがあろうとも思えない。では、その二つの極を、どういう仕組みで繋い・・・ 宮本百合子 「現実に立って」
・・・離れるより餓える方を選んだ。そして、いくつもの朝と夜とがすぎた。が、その小舎の前には、もう久しく同じ弓矢が、かけられたままになっている。 野蛮な部落の人々のこころに疑問がわいて来た。考える能力がおぼろげながら発動して、部落の人々は、この・・・ 宮本百合子 「貞操について」
出典:青空文庫