・・・ そんなことをおおげさに言いだして父は高笑いをした。監督も懐旧の情を催すらしく、人のいい微笑を口のはたに浮かべて、「ほんとにそうでした」 と気のなさそうな合槌を打っていた。 そのうちに夜はいいかげん更けてしまった。監督が膳を・・・ 有島武郎 「親子」
・・・他愛のない夢から一足飛びにこの恐ろしい現実に呼びさまされた彼れの心は、最初に彼れの顔を高笑いにくずそうとしたが、すぐ次ぎの瞬間に、彼れの顔の筋肉を一度気にひきしめてしまった。彼れは顔中の血が一時に頭の中に飛び退いたように思った。仁右衛門は酔・・・ 有島武郎 「カインの末裔」
・・・ 寝しずまった町並を、張りのある男声の合唱が鳴りひびくと、無頓着な無恥な高笑いがそれに続いた。あの青年たちはもう立止る頃だとクララが思うと、その通りに彼らは突然阪の中途で足をとめた。互に何か探し合っているようだったが、やがて彼ら・・・ 有島武郎 「クララの出家」
・・・隣のお袋と満蔵とはどんなおもしろい話をしてかしきりに高笑いをする。清さんはチンチンと手鼻をかんでちょこちょこ歩きをする。おとよさんは不興な顔をして横目に見るのである。 今年の稲の出来は三、四年以来の作だ。三十俵つけ一まちにまとまった田に・・・ 伊藤左千夫 「隣の嫁」
・・・民子はこの日はいつになく高笑いをし元気よく遊んだ。何と云っても母の方は直ぐ話が解るけれど、嫂が間がな隙がな種々なことを言うので、とうとう僕の帰らない内に民子を市川へ帰したとの話であった。お増は長い話を終るや否やすぐ家へ帰った。 なるほど・・・ 伊藤左千夫 「野菊の墓」
・・・沼南の傍若無人の高笑いや夫人のヒッヒッと擽ぐられるような笑いが余り耳触りになるので、「百姓、静かにしろ」と罵声を浴びせ掛けられた。 数年前物故した細川風谷の親父の統計院幹事の細川広世が死んだ時、九段の坂上で偶然その葬列に邂逅わした。その・・・ 内田魯庵 「三十年前の島田沼南」
・・・大工とか左官とかそういった連中が溪のなかで不可思議な酒盛りをしていて、その高笑いがワッハッハ、ワッハッハときこえて来るような気のすることがある。心が捩じ切れそうになる。するとそのとたん、道の行手にパッと一箇の電燈が見える。闇はそこで終わった・・・ 梶井基次郎 「闇の絵巻」
・・・うっかり高笑いもできなくなった。作品を、精神修養の教科書として取り扱われたのでは、たまったものじゃない。猥雑なことを語っていても、その話手がまじめな顔をしていると、まじめな顔をしているから、それは、まじめな話である。笑いながら厳粛のことを語・・・ 太宰治 「一歩前進二歩退却」
・・・ わあっはっはっ、と無気味妖怪の高笑いのこして立ち去り、おそらくは、生れ落ちてこのかた、この検事局に於ける大ポオズだけを練習して来たような老いぼれ、清水不住魚、と絹地にしたため、あわれこの潔癖、ばんざいだのうと陣笠、むやみ矢鱈に手を握り合っ・・・ 太宰治 「創生記」
・・・ 私はひとくせありげに高笑いした。酔ぱらう心の不思議を、私はそのときはじめて体験したのである。 五 たかがウイスキイ一杯で、こんなにだらしなく酔ぱらったことについては、私はいまでも恥かしく思っている。その日・・・ 太宰治 「断崖の錯覚」
出典:青空文庫