伊勢は津で持つ津は伊勢で持つ
伊勢は津の港があるために参拝客が多く、津の港は伊勢神宮への参拝客が利用するために栄える。「尾張名古屋は城で持つ」と続けて用いることが多い。
伊勢へ七度熊野へ三度
伊勢神宮や熊野三社へたびたび参ること。信心の深いこと、また、信心はどんなに深くしても限りはないことのたとえ。
伊勢や日向
話に脈絡がなく、つじつまが合わないこと。また、まぜこぜで秩序のないこと。伊勢や日向の物語。「げにげに—のことは、誰かは定めありぬべき」〈謡・雲林院〉
いせさだたけ【伊勢貞丈】
[1718〜1784]江戸中期の有職 (ゆうそく) 故実家。江戸の人。号、安斎。家学の伊勢流を継ぎ、武家の故実を大成。著「貞丈雑記」「安斎随筆」など。いせていじょう。
いせさだちか【伊勢貞親】
[1417〜1473]室町中期の武将・有職 (ゆうそく) 家。室町幕府の政所執事。伊勢守。将軍足利義政の信任を得て権勢を獲得、斯波氏の家督相続問題に干渉。また将軍継嗣問題では義視排斥に失敗、近江 (おうみ) へ逃れるが翌年復職。伊勢流故実の基礎を築いたことでも知られる。
いせながうじ【伊勢長氏】
北条早雲の前名。