・・・水平に一線を画した高架線路の上を省線電車が走り、時に機関車がまっ白な蒸気を吐いて通る。それと直交し弓なりに立って見える呉服橋通りの道路を、緑色の電車のほかに、白、赤、青、緑のバスが奇妙な甲虫のようにはい上りはいおり行きちがっている。遠くには・・・ 寺田寅彦 「LIBER STUDIORUM」
・・・今日は御味噌を三銭、大根を二本、鶉豆を一銭五厘買いましたと精密なる報告をするんだね。厄介きわまるのさ」「厄介きわまるなら廃せばいいじゃないか」と津田君は下宿人だけあって無雑作な事を言う。「僕は廃してもいいが婆さんが承知しないから困る・・・ 夏目漱石 「琴のそら音」
・・・けれども一線一画の瞬間作用で、優に始末をつけられべき特長を、とっさに弁ずる手際がないために、やむをえず省略の捷径を棄てて、几帳面な塗抹主義を根気に実行したとすれば、拙の一字はどうしても免れがたい。 子規は人間として、また文学者として、最・・・ 夏目漱石 「子規の画」
・・・けれども国家の与うべき報酬は、一銭一厘たりとも好悪によって支配さるべきではない。必ず優劣によって決せらるべきである。しかもその優劣が判然と公衆の眼に映らなければならない。この必要条件を具備しない国家的保護と奨励とはなきに優ると寛仮するよりも・・・ 夏目漱石 「文芸委員は何をするか」
・・・たとえば一線の引き方でも、勢いがあって画家の意志に対する理想を示す事もできますし、曲り具合が美に対する理想をあらわす事もできますし、または明暸で太い細いの関係が明かで知的な意味も含んでおりましょうし、あるいは婉約の情、温厚な感を蓄える事もあ・・・ 夏目漱石 「文芸の哲学的基礎」
・・・だが、今は私は、一銭の傷害手当もなく、おまけに懲戒下船の手続をとられたのだ。 もう、セコンドメイトは、海事局に行っているに違いない。 浚渫船は蒸汽を上げた。セーフチーバルヴが、慌てて呻り出した。 運転手がハンドルを握った。静寂が・・・ 葉山嘉樹 「浚渫船」
・・・その方は自分の顔やかたちのいやなことをいいことにして、一つ一銭のマッチを十円ずつに家ごと押しつけてあるく。悪いやつだ。監獄に連れて行くからそう思え。」 するとそのいやなものは泣き出しました。「巡査さん。それはひどいよ。僕はいくらお金・・・ 宮沢賢治 「ペンネンネンネンネン・ネネムの伝記」
・・・たちは、当局のそのおどかしをなにかの楯として、自分たちと旧プロレタリア文学運動に属していた人々との間に越えがたい一線があるかのように行動した。この方法は誰のためにもならなかった。というのは、当時文学者として自分ぐらいの者になっているものはい・・・ 宮本百合子 「あとがき(『宮本百合子選集』第十一巻)」
・・・と怒鳴って、糊を一銭買わせた。そして、一番新しいつぎを当てた。 一太はそのまだ紙の白いところを眺めたり、色の変りかけた新聞の切れなどを読む。「ブルトーゼ。アルゼン、ブルトーゼ。ヨードブルトーゼ。キナ、ブルトーゼ。グアヤコールブル・・・ 宮本百合子 「一太と母」
・・・バットは一個について一銭だから、率は一等すけないみたいなんだが、何しろ皆が喫うもんだから。――考えたもんだね。といいながらそのひとは自分もバットの吸いがらを、唇をやきそうなところまで無理してふかしているのであった。 去年の秋から暮にかけ・・・ 宮本百合子 「打あけ話」
出典:青空文庫