・・・そこで僕は、春の日ののどかな光が油のような海面に融けほとんど漣も立たぬ中を船の船首が心地よい音をさせて水を切って進行するにつれて、霞たなびく島々を迎えては送り、右舷左舷の景色をながめていた。菜の花と麦の青葉とで錦を敷いたような島々がまるで霞・・・ 国木田独歩 「忘れえぬ人々」
・・・客はすることもないから、しゃんとして、ただぽかんと海面を見ていると、もう海の小波のちらつきも段と見えなくなって、雨ずった空が初は少し赤味があったが、ぼうっと薄墨になってまいりました。そういう時は空と水が一緒にはならないけれども、空の明るさが・・・ 幸田露伴 「幻談」
・・・たしかにあるのだ。海面は、次第に暗くなりかけて、問題の沈黙の島も黒一色になり、ずんずん船と離れて行く。とにかく之は佐渡だ。その他には新潟の海に、こんな島は絶対に無かった筈だ。佐渡にちがい無い。ぐるりと此の島を大迂回して、陰の港に到着するとい・・・ 太宰治 「佐渡」
・・・詳しくいえば、大西洋の海面の恒久の退屈さでありアラン島民の生活の永遠の退屈さである。退屈というのが悪ければ深刻な憂鬱である。それを観客に体験させる。 始めから終わりまで繰り返さるる怒濤の実写も実に印象の強く深い見ものである。波の音もなか・・・ 寺田寅彦 「映画雑感(4[#「4」はローマ数字、1-13-24])」
・・・この二層の境界面の高さは、場合により時刻によっていろいろになるわけであるが、通例海面から数百メートル程度のものである。航空者特に自由気球にでも乗る人はこの事実を忘れてはならない。 海陸風の原因が以上のとおりであるから、この風は昼間日照が・・・ 寺田寅彦 「海陸風と夕なぎ」
・・・この減摩油の効力を規定する因子としての oiliness は、ある学者の説では炭水素連鎖の屈撓性、あるいは連鎖が界面に横臥しうる性質と関連しているとのことであるが、現在の場合でも連鎖が屈伸自在であればあるほど、金属の molecular な・・・ 寺田寅彦 「鐘に釁る」
・・・赤熱した岩片が落下して表面は急激に冷えるが内部は急には冷えない、それが徐々に冷える間は、岩質中に含まれたガス体が外部の圧力の減った結果として次第に泡沫となって遊離して来る、従って内部が次第に海綿状に粗鬆になると同時に膨張して外側の固結した皮・・・ 寺田寅彦 「小浅間」
・・・天の一方には弦月が雲間から寒い光を投げて直下の海面に一抹の真珠光を漾わしていた。 青森から乗った寝台車の明け方近い夢に、地下室のような処でひどい地震を感じた。急いで階段を駈け上がろうとすると、そこには子供を連れた婦人が立ちふさがっていて・・・ 寺田寅彦 「札幌まで」
・・・ 宅へ沙汰なしでうっかりこんな所へ来てしまって、いつ帰られるかわからないことになって、これは困ったことができたと思って、黒い海面のかなたの雲霧の中をながめていたら目がさめた。胃のぐあいが悪くて腹が引きつるようであった。そのためにこんな不・・・ 寺田寅彦 「三斜晶系」
・・・それがちょっとつま楊枝の先でさわってもすぐこぼれ落ちるほど柔らかい海綿状の集塊となって心核の表面に付着し被覆しているのである。ただの灰の塊が降るとばかり思っていた自分にはこの事実が珍しく不思議に思われた。灰の微粒と心核の石粒とでは周囲の気流・・・ 寺田寅彦 「小爆発二件」
出典:青空文庫