・・・対木村戦であれほど近代棋戦の威力を見せつけられて、施す術もないくらい完敗して、すっかり自信をなくしてしまっている筈ゆえ、更に近代将棋の産みの親である花田に挑戦するような愚に出まいと思っていたのである。ところが、無暴にも坂田は出て来た。その自・・・ 織田作之助 「勝負師」
・・・とれいの鷹揚ぶった態度で首肯いたが、さすがに、感佩したものがあった様子であった。「下の姉さんは、貸さなかったが、わかるかい? 下の姉さんも、偉いね。上の姉さんより、もっと偉いかも知れない。わかるかい?」「わかるさ。」傲然と言うのであ・・・ 太宰治 「佳日」
・・・て柳の糸しずかに垂れたる下の、折目正しき軽装のひと、これが、この世の不幸の者、今宵死ぬる命か、しかも、かれ、友を訪れて語るは、この生のよろこび、青春の歌、間抜けの友は調子に乗り、レコオド持ち出し、こは乾杯の歌、勝利の歌、歌え歌わむ、など騒々・・・ 太宰治 「喝采」
・・・いつ成るとも判らぬこのやくざな仕事の首途を祝い、君とふたりでつつましく乾杯しよう。仕事はそれからである。 私は生れてはじめて地べたに立ったときのことを思い出す。雨あがりの青空。雨あがりの黒土。梅の花。あれは、きっと裏庭である。女・・・ 太宰治 「玩具」
・・・貴兄の御厚意身に沁みて感佩しています。或いは御厚意裏切ること無いかと案じています。では、取急ぎ要用のみ。前略、後略のまま。大森書房内、高折茂。太宰学兄。」「僕はこの頃緑雨の本をよんでいます。この間うちは文部省出版の明治天皇御集をよんでい・・・ 太宰治 「虚構の春」
・・・「乾杯だ! 熊本も立て。喜びのための一ぱいのビイルは罪悪で無い。悲しみ、苦悩を消すための杯は、恥じよ!」「では、ほんの一ぱいだけ。」熊本君は、佐伯の急激に高揚した意気込みに圧倒され、しぶしぶ立って、「僕は事情をよく知らんのですからね、ほ・・・ 太宰治 「乞食学生」
・・・ヨキ文章ユエ、若キ真実ノ読者、スナワチ立チテ、君ガタメ、マコト乾杯、痛イッ! ト飛ビアガルホドノアツキ握手。 石坂氏ハダメナ作家デアル。葛西善蔵先生ハ、旦那芸ト言ウテ深ク苦慮シテ居マシタ。以来、十春秋、日夜転輾、鞭影キミヲ尅シ、九狂一拝・・・ 太宰治 「創生記」
・・・「さあ、乾杯だ。飲めよ。」 雪は、眼をつぶってぐっと飲んだ。「えらい。」私もぐっと飲んだ。「僕ね、きょうはとても、うれしいんだ。小説は書きあげたし。」「あら! 小説家?」「しまった。見つけられたな。」「いいわねえ。」・・・ 太宰治 「断崖の錯覚」
・・・ そうして、僕たちはその座敷にあがり込んで乾杯した。「先生、相変らずですねえ。」「相変らずさ。そんなにちょいちょい変ってはたまらない。」「しかし、僕は変りましたよ。」「生活の自信か。その話は、もうたくさんだ。ノオと言えば・・・ 太宰治 「未帰還の友に」
・・・飲みましょう。乾杯。趣味というものは、むずかしいものでしてね。千の嫌悪から一つの趣味が生れるんです。趣味の無いやつには、だから嫌悪も無いんです。飲みましょう、乾杯。大いに今夜は談じ合おうじゃありませんか。あなたは案外、無口なお方のようですね・・・ 太宰治 「渡り鳥」
出典:青空文庫