・・・そして、自から耕牧して、彼等と共に、苦楽を分った。彼等の生活が正しいばかりでなく、愛するためには、身を以て殉ぜんとしたところに、真実さがなければならぬ。一人、一人の魂に触れるということは、これ程、たしかなことはないからであろう。 ナロー・・・ 小川未明 「純情主義を想う」
・・・ 寒暑栄枯天地之呼吸也。苦楽寵辱人生之呼吸也。達者ニ在ッテハ何ゾ必ズシモ其遽カニ至ルヲ驚カン哉。 これは先日、先生から読み方を教えられたばかりなので、私には何の苦も無く読めるのである。「流石にいい句ですね。」私はまた下手なお追従・・・ 太宰治 「不審庵」
・・・このはなはだ不完全に概括的な、不透明に命題的な世迷い言を追跡する代わりに、読者はむしろ直接に、たとえば猿蓑の中の任意の一歌仙を取り上げ、その中に流動するわが国特有の自然環境とこれに支配される人間生活の苦楽の無常迅速なる表象を追跡するほうが、・・・ 寺田寅彦 「連句雑俎」
・・・百年を十で割り、十年を百で割って、剰すところの半時に百年の苦楽を乗じたらやはり百年の生を享けたと同じ事じゃ。泰山もカメラの裏に収まり、水素も冷ゆれば液となる。終生の情けを、分と縮め、懸命の甘きを点と凝らし得るなら――然しそれが普通の人に出来・・・ 夏目漱石 「幻影の盾」
・・・抑も苦楽相半するは人生の常にして、茲に苦労あれば又随て歓楽あり、苦楽平均して能く勉め能く楽しみ、以て人生を成すの道理は記者も許す所ならん。然らば則ち夫婦家に居るは其苦楽を共にするの契約なるが故に、一家貧にして衣食住も不如意なれば固より歌舞伎・・・ 福沢諭吉 「女大学評論」
・・・すなわち人生の働の一ヵ条たる喫煙も、その力よく発達すれば、わずかに数日の間に苦楽の趣を異にするの事実を見るべし。 ゆえに天下泰平・家内安全の快楽も、これを身に享くる人の心身発達して、その働を高尚の域にすすむるときは、古代の平安は今世の苦・・・ 福沢諭吉 「教育の目的」
・・・其事情は如何ようにても、既に結婚したる上は、夫婦は偕老同穴、苦楽相共の契約を守りて、仮初にも背く可らず。女子が生涯娘なれば身は却て安気なる可きに、左りとては相済まずとて結婚したるこそ苦労の種を求めたるに似たれども、男女家に居るは天然の命ずる・・・ 福沢諭吉 「新女大学」
・・・ 然らば即ち敬愛は夫婦の徳にして、この徳義を修めてこれを今日の実際に施すの法如何と尋ぬるに、夫婦利害を共にし苦楽喜憂を共にするは勿論、あるいは一方の心身に苦痛の落ち来ることもあれば、人力の届く限りはその苦痛を分担するの工風を運らさざるべ・・・ 福沢諭吉 「日本男子論」
・・・えども、開闢以来今日に至るまで世界中の事相を観るに、各種の人民相分れて一群を成し、その一群中に言語文字を共にし、歴史口碑を共にし、婚姻相通じ、交際相親しみ、飲食衣服の物、すべてその趣を同うして、自から苦楽を共にするときは、復た離散すること能・・・ 福沢諭吉 「瘠我慢の説」
・・・ 一九二七年八月十九日〔京都市上京区小山堀池町一八 湯浅芳子宛 新町より〕 十九日午前十一時 もやあさん もう今頃は、万象館で、借浴衣におさまって居る時分でしょう。いかが? 苦楽園の中は狭くるしいところでしょう。どうせ六甲へ・・・ 宮本百合子 「日記・書簡」
出典:青空文庫