・・・お前の竿の先の見当の真直のところを御覧。そら彼処に古い「出し杭」が列んで、乱杭になっているだろう。その中の一本の杭の横に大きな南京釘が打ってあるのが見えるだろう。あの釘はわたしが打ったのだよ。あすこへ釘を打って、それへ竿をもたせると宜いと考・・・ 幸田露伴 「蘆声」
・・・俺は運動に出ると、何時でも、その速力の出し工合と、身体の疲労の仕方によって、自分の健康に見当をつける素朴な方法を注意深く実行している。 走りながら、こっちでワザと大きな声をあげると、隣りを走っている同志も大きな声を出した。エヘンとせき払・・・ 小林多喜二 「独房」
・・・ ある日も私は次郎と連れだって、麻布笄町から高樹町あたりをさんざんさがし回ったあげく、住み心地のよさそうな借家も見当たらずじまいに、むなしく植木坂のほうへ帰って行った。いつでもあの坂の上に近いところへ出ると、そこに自分らの家路が見え・・・ 島崎藤村 「嵐」
・・・かつて見も知らねば、どこの誰という見当もつかぬ。自分はただもじもじと帯上を畳んでいたが、やっと、「おばさんもみんな留守なんだそうですね」とはじめて口を聞く。「あの、今日は午過ぎから、みんなで大根を引きに行ったんですの」「どの畠へ・・・ 鈴木三重吉 「千鳥」
・・・私には何も一つも見当が附いていないのでした。ただ笑って、お客のみだらな冗談にこちらも調子を合せて、更にもっと下品な冗談を言いかえし、客から客へ滑り歩いてお酌して廻って、そうしてそのうちに、自分のこのからだがアイスクリームのように溶けて流れて・・・ 太宰治 「ヴィヨンの妻」
・・・私が東京の大学へはいって、郷里の先輩に連れられ、赤坂の料亭に行った事があるけれども、その先輩は拳闘家で、中国、満洲を永い事わたり歩き、見るからに堂々たる偉丈夫、そうしてそのひとは、座敷に坐るなり料亭の女中さんに、「酒も飲むがね、酒と一緒・・・ 太宰治 「酒の追憶」
・・・食卓にのぼる魚の値段を、いちいち妻に問いただし、新聞の政治欄を、むさぼる如く読み、支那の地図をひろげては、何やら仔細らしく検討し、ひとり首肯き、また庭にトマトを植え、朝顔の鉢をいじり、さらに百花譜、動物図鑑、日本地理風俗大系などを、ひまひま・・・ 太宰治 「八十八夜」
・・・犬に飽きて来たら、こんどは自分で拳闘に凝り出した。中学で二度も落第して、やっと卒業した春に、父と乱暴な衝突をした。父はそれまで、勝治の事に就いては、ほとんど放任しているように見えた。母だけが、勝治の将来に就いて気をもんでいるように見えた。け・・・ 太宰治 「花火」
・・・それでせいぜい科学の準備くらいのところまでこの考えを持って行くのは見当違いである。むしろ反対に私は学校で教える理科は今日やっているよりずっと実用的に出来ると思う。今のはあまりに非実際的過ぎる。例えば数学の教え方でも、もっと実用的興味のあるよ・・・ 寺田寅彦 「アインシュタインの教育観」
・・・ 二 ロス対マクラーニンの拳闘 この試合は十五回の立合の後までどちらも一度もよろけたり倒れかかるようなことはなかった。そうして十五回の終りに判定者がロスの方に勝利を授けたが、この判定に疑問があるというので場内が大混・・・ 寺田寅彦 「映画雑感6[#「6」はローマ数字、1-13-26]」
出典:青空文庫