・・・そんなにうまく人柱なぞという光栄の名の下に死ねなかった。謂わば、人生の峻厳は、男ひとりの気ままな狂言を許さなかったのである。虫がよいというものだ。所詮、人は花火になれるものではないのである。事実は知らず、転向という文字には、救いも光明も意味・・・ 太宰治 「花燭」
・・・御卓見、私たのまれもせぬに御一同に代り、あらためて主催者側へお礼を申し、合せてこの会、以後休みなくひらかれますよう一心に希望して居ることを言い添え、それでは、私、御指命を拝し、今宵、第一番の語り手たる光栄を得させていただきます。私、ただいま・・・ 太宰治 「喝采」
・・・「遼陽陥落の日に……日本の世界的発展のもっとも光栄ある日に、万人の狂喜している日に、そうしてさびしく死んで行く青年もあるのだ。事業もせずに、戦場へ兵士となってさえ行かれずに」こう思うと、その青年、田舎に埋もれた青年の志ということについて、脈・・・ 田山花袋 「『田舎教師』について」
・・・「露国の名誉ある貴族たる閣下に、御遺失なされ候物品を返上致す機会を得候は、拙者の最も光栄とする所に有之候。猶将来共。」あとは読んでも見なかった。 おれはホテルを出て、沈鬱して歩いていた。頼みに思った極右党はやはり頼み甲斐のない男であった・・・ 著:ディモフオシップ 訳:森鴎外 「襟」
・・・ 今から何万年の後に地球上の物理的条件が一変して再び犀かあるいは犀の後裔かが幅をきかすようになったとしたら、その時代の人間――もし人間がいるとしたら――の目にはこの犀がおそらく優美典雅の象徴のように見えるであろう。そういう時代が来ないと・・・ 寺田寅彦 「映画雑感(3[#「3」はローマ数字、1-13-23])」
・・・思うに絵巻物と、その後裔であるところの活動映画も言わばやはり一種の「時の器械」である。時の歩みを順にも逆にも速くもおそくも勝手に支配することができる。もっとも物理的機構にたよる活動映画では、物質的実在世界の未来は写されないし、フィルムに固定・・・ 寺田寅彦 「映画時代」
・・・ われわれが存在の光栄を有する二十世紀の前半は、事によると、あらゆる時代のうちで人間がいちばん思い上がってわれわれの主人であり父母であるところの天然というものをばかにしているつもりで、ほんとうは最も多く天然にばかにされている時代かもしれ・・・ 寺田寅彦 「からすうりの花と蛾」
・・・ 吾々が存在の光栄を有する二十世紀の前半は、事によると、あらゆる時代のうちで人間が一番思い上がって吾々の主人であり父母であるところの天然というものを馬鹿にしているつもりで、本当は最も多く天然に馬鹿にされている時代かもしれないと思われる。・・・ 寺田寅彦 「烏瓜の花と蛾」
・・・の中にも現われまたこの百物語の数々の化け物の中から特に選び出される光栄をもったような化け物どもが、どういう種類の化け物であって、そのいかなる点がこの人にアッピールしたか、またそれがどういう点で過去数千年の日本民族の精神生活と密接につながって・・・ 寺田寅彦 「小泉八雲秘稿画本「妖魔詩話」」
・・・同時にユダヤ人の後裔にとっての一つの神なるエホバは自ずから姿を変えて、やがてドルになりマルクになった。その後裔の一人であったマルクスには、「経済」という唯一の見地よりしか人間の世界を展望することが出来なかった。それで彼の一神教的哲学は茫漠た・・・ 寺田寅彦 「札幌まで」
出典:青空文庫