・・・の音のひっぱり方一つで、彼女たちが客に持っている好感の程度もしくは嫌悪の程度のニュアンスが出せるのと同様である。 しかし、それとも考えようによっては、京都弁そのものが結局豊富でない証拠で、彼女たちはただ教えられた数少い言葉を紋切型のよう・・・ 織田作之助 「大阪の可能性」
・・・ 交換手は笑って、「放送中の人を、電話口に呼べませんよ」「あッ、なるほど、こりゃうっかりしてました。もしもし、じゃ、杉山さんにお言伝けを……。あ、もしもし、話し中……。えっ? 電熱器を百台……? えっ? 何ですって? 梅田新道の・・・ 織田作之助 「昨日・今日・明日」
・・・ 下 此二人の少女は共に東京電話交換局でから後も二三度会って多少事情を知って居る故、かの怪しい噂は信じなかったが、此頃になって、或という疑が起らなくもなかった。というのもお秀の祖母という人が余り心得の善い人でな・・・ 国木田独歩 「二少女」
・・・二人の話しぶりはきわめて卒直であるものの今宵初めてこの宿舎で出合って、何かの口緒から、二口三口襖越しの話があって、あまりのさびしさに六番の客から押しかけて来て、名刺の交換が済むや、酒を命じ、談話に実が入って来るや、いつしか丁寧な言葉とぞんざ・・・ 国木田独歩 「忘れえぬ人々」
・・・たといそれは充分には解決されず、諸説まちまちであり、また結論するところ自分を完くは満足させてくれなくとも、ともかくも自分の関心せずにおられぬ活きた人生の実践的問題がとりあげられ、巷間の常識ではそのままうち捨てられているのに、ここでは鋭い問い・・・ 倉田百三 「学生と教養」
・・・とは相違した立場であるが、それにもかかわらず、深い内面性と健やかな合理的意志と、ならびに活きた人生の生命的交感とをもって、よく倫理学の本質的に重要な諸根本問題をとりあげその解決、少なくとも解決の示唆を与えているからである。この本は生の臭覚の・・・ 倉田百三 「学生と教養」
・・・共存同悲の大衆へのあわれみが肉体的な交感にまで現実化していない者は、いわゆる「助けせきこむ」気持が理解できないのである。 われわれは宗教家である日蓮が政治的関心を発せずにいられなかった動機が実感できる。街頭に立って大衆に呼びかけ、政治を・・・ 倉田百三 「学生と先哲」
・・・しかし舞台協会の諸君は人間として純情な人たちばかりで、私とも精神的な交感が通っていた。 映画にとりたいという申込みはそのころよくあったが私はことわってきた。そのころの映画はまだ幼稚だったし、トーキーもなかった。 トーキーでやれば、『・・・ 倉田百三 「『出家とその弟子』の追憶」
・・・しかし女が、自分に好感をよせていることだけは、円みのあるおだやかな調子ですぐ分った。彼は追っかけて来ていいことをしたと思った。 帰りかけて、うしろへ振り向くと、ガーリヤは、雪の道を辷りながら、丘を登っていた。「おい、いいかげんにしろ・・・ 黒島伝治 「渦巻ける烏の群」
・・・旅行者は、国境で円をルーブルに交換して行く、そして国外へ出る時には、ルーブルを円に交換してもらう。それは、一ルーブルが一円四銭の割合で交換された。ところが、ある時、深沢は、一ルーブル二十一銭で引きとった多くの紙幣を、国外から国内へ持ちこんで・・・ 黒島伝治 「国境」
出典:青空文庫