・・・およそ最も高貴な蘭科植物の花などよりも更に遥かに高貴な相貌風格を具備した花である。 スカンボの花などもさっぱり見所のないもののように思っていたが、顕微鏡で見るとこれも実に堂々たる傑作品である。植物図鑑によると雄花と雌花と別になっているそ・・・ 寺田寅彦 「高原」
・・・すべてのエキゾティックなものに憧憬をもっていた子供心に、この南洋的西洋的な香気は未知の極楽郷から遠洋を渡って来た一脈の薫風のように感ぜられたもののようである。その後まもなく郷里の田舎へ移り住んでからも毎日一合の牛乳は欠かさず飲んでいたが、東・・・ 寺田寅彦 「コーヒー哲学序説」
・・・に、ある高貴な姫君と身分の低い男との恋愛事件が暴露して男は即座に成敗され、姫には自害を勧めると、姫は断然その勧告をはねつけて一流の「不義論」を陳述したという話がある。その姫の言葉は「我命をおしむにはあらねども、身の上に不義はなし。人間と生を・・・ 寺田寅彦 「西鶴と科学」
・・・それほどではなくてもまつ毛一本も見残さずかいた、金属製の顔にエナメルを塗ったような堅い堅い肖像よりは、後期印象派以後の妙な顔のほうが少なくもねらい所だけはほんとうであるまいかと思われてくる。この考えをだんだんに推し広げて行くと自然に立体派や・・・ 寺田寅彦 「自画像」
・・・飲んでみると名状の出来ぬ芳烈な香気が鼻と咽喉を通じて全身に漲るのであった。何というものかと聞くと、レモン油というものだと教えられた。今のレモン・エッセンスであったのである。明治十七、八年頃の片田舎の裁判所の書記生にしては実に驚くべきハイカラ・・・ 寺田寅彦 「重兵衛さんの一家」
・・・このような点はある支那人や現代二、三の日本画家の作品にも認められるのみならず、また西洋でも後期印象派の作などにおいて瞥見するところである。あるいは却って古代の宗教画などに見られて近代のアカデミー風の画には薬にしたくもないところである。ルーベ・・・ 寺田寅彦 「津田青楓君の画と南画の芸術的価値」
・・・ あるいはまた、香気ないし臭気を含んだ空気が鳥に相対的に静止しているのでは有効な刺激として感ぜられないが、もしその空気が相対的に流動している場合には相当に強い刺激として感ぜられるというようなことがないとも限らない。 鳥の鼻に嗅覚はな・・・ 寺田寅彦 「とんびと油揚」
・・・下賤の者にこの災が多いというのは統計の結果でもないから問題にならないが、しかし下賤の者の総数が高貴な者の総数より多いとすれば、それだけでもこの事は当然である。その上にまた下賤のものが脚部を露出して歩く機会が多いとすればなおさらの事で・・・ 寺田寅彦 「化け物の進化」
・・・落ちた花は朽ち腐れて一種甘いような強い香気が小庭に満ちる。ここらに多い大きな蠅が勢いのよい羽音を立ててこれに集まっている。力強い自然の旺盛な気が脳を襲うように思われた。この花の散る窓の内には内気な娘がたれこめて読み物や針仕事・・・ 寺田寅彦 「花物語」
・・・ 後記 ルクレチウスの書によってわれわれの学ぶべきものは、その中の具体的事象の知識でもなくまたその論理でもなく、ただその中に貫流する科学的精神である。この意味でこの書は一部の貴重なる経典である。もし時代に応じて適当に・・・ 寺田寅彦 「ルクレチウスと科学」
出典:青空文庫