・・・醜聞さえ起し得ない俗人たちはあらゆる名士の醜聞の中に彼等の怯懦を弁解する好個の武器を見出すのである。同時に又実際には存しない彼等の優越を樹立する、好個の台石を見出すのである。「わたしは白蓮女史ほど美人ではない。しかし白蓮女史よりも貞淑である・・・ 芥川竜之介 「侏儒の言葉」
・・・アマチュア昆虫生態学者にとっては好個のテーマになりはしないかという気がしたのであった。 とんぼがいかにして風の方向を知覚し、いかにしてそれに対して一定の姿勢をとるかということがまた単に生物学者生理学者のみならず、物理学者工学者にまでもい・・・ 寺田寅彦 「三斜晶系」
・・・それにもかかわらず物理学をデモンストレートする先生がたはなかなかこの目前の好個の問題を手に取り上げて落ち着いて熟視しようとはしないのである。 同じく摩擦に関した問題で日常おもしろいと思うものがもう一つある。それは雨の日の東京の大通りを歩・・・ 寺田寅彦 「日常身辺の物理的諸問題」
・・・この事は風俗画報『新撰名所図会』に『好古叢誌』の記事を転載して説いているから茲に贅せない。 わたくしの言わむと欲する所は、隅田川の水流は既に溝涜の汚水に等しきものとなったが、それにもかかわらず旧時代の芸術あるがために今もなお一部の人には・・・ 永井荷風 「向嶋」
・・・ただ漫然たる江湖において、論者も不学、聴者も不学、たがいに不学無勘弁の下界に戦う者は、捨ててこれを論ぜざるなり。 福沢諭吉 「経世の学、また講究すべし」
・・・ 慶応三年新彫、江戸開成所教授神田孝平訳の経済小学、明治元年版の山陽詩註、明治二十二年出版の細川潤次郎著考古日本等と云うものに混って、ふと面白いものが目についた。それは、東京書籍舘書目と云う一冊、飜刻智環啓蒙と云う何のことだか題では私な・・・ 宮本百合子 「蠹魚」
・・・先生もおそらく後顧の憂いのない気持ちがしていられたことと思う。 小林君の話によると、先生は最後に呵々大笑せられたという。わたくしはそれが先生の一面をよく現わしていると思う。 和辻哲郎 「露伴先生の思い出」
出典:青空文庫