・・・彼らの中の古老は気象学者のまだ知らない空の色、風の息、雲のたたずまい、波のうねりの機微なる兆候に対して尖鋭な直観的洞察力をもっている。長い間の命がけの勉強で得た超科学的の科学知識によるのである。それによって彼らは海の恩恵を受けつつ海の禍を避・・・ 寺田寅彦 「日本人の自然観」
・・・わたくし等が行燈の下に古老の伝説を聞き、其の人と同じようにいわれもない不安と恐怖とを覚えたのは、今よりして之を顧れば、其時代の空気には一味の哀愁が流れていた故でもあろう。この哀愁は迷信から起る恐怖と共に、世の革るにつれて今や全く湮滅し尽した・・・ 永井荷風 「巷の声」
・・・もともとわたくしは学ぶに常師というものがなかったから、独学固陋の譏は免れない。それにまた三田の出身者ではなく、外から飛入りの先生だから、そう長く腰を据えるのはよくないという考もあった。 わたくしの父は、生前文部省の役人で一時帝国大学にも・・・ 永井荷風 「正宗谷崎両氏の批評に答う」
・・・余ヤ性狷介固陋世ニ処スルノ道ヲ知ラザルコト匹婦ヨリモ甚シ。今宵適カツフヱーノ女給仕人ノ中絃妓ノ後身アルヲ聞キ慨然トシテ悟ル所アリ。乃鉛筆ヲ嘗メテ備忘ノ記ヲ作リ以テ自ラ平生ノ非ヲ戒ムト云。」 僕が文壇の諸友と平生会談の場所と定めて置いた或・・・ 永井荷風 「申訳」
・・・しかし英語だけの本城に生涯の尻を落ちつけるのみならず、櫓から首を出して天下の形勢を視察するほどの能力さえなきものが、いたずらに自尊の念と固陋の見を綯り合せたるごとき没分暁の鞭を振って学生を精根のつづく限りたたいたなら、見じめなのは学生である・・・ 夏目漱石 「作物の批評」
・・・ この学校は中学の内にてもっとも新なるものなれば、今日の有様にて生徒の学芸いまだ上達せしにはあらざれども、その温和柔順の天稟をもって朝夕英国の教師に親炙し、その学芸を伝習し、その言行を聞見し、愚痴固陋の旧習を脱して独立自主の気風に浸潤す・・・ 福沢諭吉 「京都学校の記」
・・・旧説は両性の関係を律するに専ら形式を以てせんとし、我輩は人生の天然に従て其交情を全うせんとするものなれば、所謂儒流の故老輩が百千年来形式の習慣に養われて恰も第二の性を成し、男尊女卑の陋習に安んじて遂に悟ることを知らざるも固より其処なり、文明・・・ 福沢諭吉 「新女大学」
・・・農を勧めんとして農業興らず、工商を導かんとして景気ふるわず、あるいは人心頑冥固陋に偏し、また、あるいは活溌軽躁に流るる等にて、これを見て堪え難きは、医師が患者の劇痛を見てこれを救わんとするの情に異ならざるべしといえども、これを救うの術は、た・・・ 福沢諭吉 「政事と教育と分離すべし」
・・・ 近来世間にいわゆる文明開化の進歩と共に学術技芸もまた進歩して、後進の社会に人物を出し、また故老の部分においても随分開明説を悦んで、その主義を事に施さんとする者あるは祝すべきに似たれども、開明の進歩と共に内行の不取締もまた同時に進歩し、・・・ 福沢諭吉 「日本男子論」
・・・保守的 退嬰的 非進歩的 非理知的 偏狭固陋であればある程、それだけ正しいのである。大言壮語家! p.281○理性よ、下れ! ロシアは矛盾なく 公言される信条である。「人はロシアを理性をもってではなく、信仰をもって理解しなければならぬ」・・・ 宮本百合子 「ツワイク「三人の巨匠」」
出典:青空文庫