・・・そうしてそれが、やがて大隅君のあの鬱然たる風格の要因にさえなった様子であったが、思いやりの深い山田勇吉君は、或る時、見かねて、松葉を束にしてそれでもって禿げた部分をつついて刺戟すると毛髪が再生して来るそうです、と真顔で進言して、かえって大隅・・・ 太宰治 「佳日」
・・・五十米レエスならば、まず今世紀、かれの記録を破るものはあるまい、とファン囁き、選手自身もひそかにそれを許していた、かの俊敏はやぶさの如き太宰治とやらいう若い作家の、これが再生の姿であろうか。頭はわるし、文章は下手、学問は無し、すべてに無器用・・・ 太宰治 「答案落第」
・・・人間の科学に照らせばそれは明白に不可能な事であるが、しかし猫の精神の世界ではたしかにこれは死児の再生と言っても間違いではない。人間の精神の世界がN元のものとすれば、「記憶」というものの欠けている猫の世界は元のものと見られない事もない。 ・・・ 寺田寅彦 「子猫」
・・・ 先生がかりに再生されて、この追憶を読まれたら、と想像してみる。先生はやっぱりにこにこして、何か一言ぐらい鋭いリマークをされて、そうして、それきりでゆるしてくださるであろうという気がするのである。・・・ 寺田寅彦 「田丸先生の追憶」
・・・これらの不幸な人々のうちのきわめて少数なあるものだけは、微塵に砕けた残骸から再生する事によって、始めて得た翼を虚空に羽搏きする。 劣者の道の谷底の漸近線までの部分は優者の道の倒影に似ている。そして谷底まで下りた人の多数はそのままに麓の平・・・ 寺田寅彦 「厄年と etc.」
・・・また我が党の士、幽窓の下におりて、秋夜月光に講究すること、旧日に異なることなきを得て、修心開知の道を楽しみ、私に済世の一斑を達するは、あにまた天与の自由を得るものといわざるべけんや。 然ばすなわち我が輩の所業、その形は世情と相反するに似・・・ 福沢諭吉 「中元祝酒の記」
・・・元禄年間の士人を再生せしめて、これに維新以来の実況を語り、また、今の世事の成行を目撃せしめたらば、必ず大いに驚駭して、人倫の道も断絶したる暗黒世界なりとて、痛心することならんといえども、いかんせん、この世態の変は、十五年以来、我が日本人が教・・・ 福沢諭吉 「徳育如何」
・・・ これを要するに維新の際、脱走の一挙に失敗したるは、氏が政治上の死にして、たといその肉体の身は死せざるも最早政治上に再生すべからざるものと観念して唯一身を慎み、一は以て同行戦死者の霊を弔してまたその遺族の人々の不幸不平を慰め、また一には・・・ 福沢諭吉 「瘠我慢の説」
・・・そして今まで燃えた事のある甘い焔が悉く再生して凝り固った上皮を解かしてしまって燃え立つようだ。この良心の基礎から響くような子供らしく意味深げな調を聞けば、今まで己の項を押屈めていた古臭い錯雑した智識の重荷が卸されてしまうような。そして遠い遠・・・ 著:ホーフマンスタールフーゴー・フォン 訳:森鴎外 「痴人と死と」
・・・俳句界二百年間元禄と天明とを最盛の時期とす。元禄の盛運は芭蕉を中心として成りしもの、蕪村の天明におけるは芭蕉の元禄におけるがごとくならざりしといえども、天明の隆盛を来たせしものその力最も多きにおる。天明の余勢は寛政、文化に及んで漸次に衰え、・・・ 正岡子規 「俳人蕪村」
出典:青空文庫