・・・この町の名誉のため、ここ二、三日中に圭吾が見つかりさえすれば、何とかうまく全然おかみのお叱りのないように取りはからうと言っている。署長もおれも、黙っている。この町の誰にも、絶対に言わぬ。どうか、たのむ。圭吾は、きっとお前のところへ、帰って来・・・ 太宰治 「嘘」
・・・作者が肉体的に疲労しているときの描写は必ず人を叱りつけるような、場合によっては、怒鳴りつけるような趣きを呈するものでありますが、それと同時に実に辛辣無残の形相をも、ふいと表白してしまうものであります。人間の本性というものは或いはもともと冷酷・・・ 太宰治 「女の決闘」
・・・事、お酒を飲む事、展覧会に、いちども出品していない事、左翼らしいという事、美術学校を卒業しているかどうか怪しいという事、その他たくさん、どこで調べて来るのか、父も母も、さまざまの事実を私に言い聞かせて叱りました。けれども、但馬さんの熱心なと・・・ 太宰治 「きりぎりす」
・・・一も二も無く、僕たちを叱りとばせば、それでいいんだ。大人の癖に、愛だの、理解だのって、甘ったるい事ばかり言って子供の機嫌をとっているじゃないか。いやらしいぞ。」と言い放って、ぷいと顔をそむけた。「それあ、まあ、そうだがね。」と私は、醜く・・・ 太宰治 「乞食学生」
・・・また若い学士が申出したある可能現象の実験的検査をその先生の大家が一言の下に叱り飛ばしたのが、それから数年の後に国外の学者によってその若い学士によって予測された現象の実在が証明されたというようなことも適にはあるようである。 しかるに、西鶴・・・ 寺田寅彦 「西鶴と科学」
・・・ ニューヨークを立つときにペンシルベニア・ステーションで、いきなり汽車に飛び乗ろうとすると、車掌に叱り飛ばされた。「レデース・ファースト」と云うのであった。なるほど自分の側にお婆さんが一人立っていた。この車掌もやはりチューインガムを噛ん・・・ 寺田寅彦 「チューインガム」
・・・癪に障って忌々しいが叱り飛す張合もない。災難だと諦めた。乗り合わした他の連中は頻に私に同情して、娘とその伴の図々しい間抜な態度を罵った。飛沫を受けたので、眉を顰めながら膝を拭いている婆さんや、足袋の先を汚された職人もいたが、一番迷惑したのは・・・ 永井荷風 「深川の散歩」
・・・しかし叱りっ放しの先生がもし世の中にあるとすれば、その先生は無論授業をする資格のない人です。叱る代りには骨を折って教えてくれるにきまっています。叱る権利をもつ先生はすなわち教える義務をももっているはずなのですから。先生は規律をただすため、秩・・・ 夏目漱石 「私の個人主義」
・・・その第一例なる衣裳を汚したる方は、何ほどか母に面倒を掛けあるいは損害を蒙らしむることあれば、憤怒の情に堪えかねて前後の考えもなく覚えず知らず叱り附くることならん。また第二の方は、さまで面倒もなく損害もなき故、何となく子供の痛みを憐れみ、かつ・・・ 福沢諭吉 「家庭習慣の教えを論ず」
・・・みんなはそれから番号をかけて右向けをして順に入口からはいりましたが、その間中も変な子供は少し額に皺を寄せて〔以下原稿数枚なし〕と一郎が一番うしろからあまりさわぐものを一人ずつ叱りました。みんなはしんとなりました。「みなさん休みは・・・ 宮沢賢治 「風野又三郎」
出典:青空文庫