・・・これ確かに富の源でありますが、しかし経済上収支相償うこと尠きがゆえに、かつてはこれを米国に売却せんとの計画もあったくらいであります。ゆえにデンマークの富源といいまして、別に本国以外にあるのでありません。人口一人に対し世界第一の富を彼らに供せ・・・ 内村鑑三 「デンマルク国の話」
・・・世間に妥協するも究極は功利に終始するも、蓋し表現の上では、どんなことも書けると言うのである。 ある者は、世間を詐わり、また自己をも詐わるのだ。真剣であるならば、その態度に対して、第三者は、いさゝかの疑念をも挾むことができないだろう。即ち・・・ 小川未明 「正に芸術の試煉期」
・・・これに反して、ここ二三年の私の生活は、いかにして一日一日の煙草を入手するかという努力に終始していた。煙草について気の利いた名文句を考えている余裕などなかった。だから、マーク・トゥエーンには名文句が出来て、私には出来なかった――という風には私・・・ 織田作之助 「中毒」
・・・丸き目、深き皺、太き鼻、逞ましき舟子なり。「源叔父ならずや」、巡査は呆れし様なり。「さなり」、嗄れし声にて答う。「夜更けて何者をか捜す」「紀州を見たまわざりしか」「紀州に何の用ありてか」「今夜はあまりに寒ければ家に伴・・・ 国木田独歩 「源おじ」
・・・ 貴所からも無論老先生及細川に向て祝詞を送らるることと信ずる。 六 婚礼も目出度く済んだ。田舎は秋晴拭うが如く、校長細川繁の庭では姉様冠の花嫁中腰になって張物をしている。 さて富岡先生は十一月の末終にこ・・・ 国木田独歩 「富岡先生」
・・・北海道歌志内の鉱夫、大連湾頭の青年漁夫、番匠川の瘤ある舟子など僕が一々この原稿にあるだけを詳しく話すなら夜が明けてしまうよ。とにかく、僕がなぜこれらの人々を忘るることができないかという、それは憶い起こすからである。なぜ僕が憶い起こすだろうか・・・ 国木田独歩 「忘れえぬ人々」
・・・自己認識の問題に終始する。 かくの如きはカントの主観主義、形式主義を継承するリップスの倫理学の定義であるが、かかる倫理学が答え得ることは人間の意志そのものの形式に終始せざるを得ず「いかに」のみに答えて、「何を」に答えることができない。「・・・ 倉田百三 「学生と教養」
・・・恋愛をもって終始し、恋愛に全情熱をささげつくし、よき完き恋人であることでつきることは、なるほど充分にロマンチックであり、美的同情に価し、またそれだけでも人格的誠実の証拠ではあるが、私は男子としてそれをいさぎよしとしない。青年がそれをもって満・・・ 倉田百三 「学生と生活」
・・・そこは、徹頭徹尾、攻撃に終始する既成政党の演説会に比して、よほど整い、つじつまが会っている。 しかし、演説の言葉、形式が、百姓には、どうも難解である。研究会で、理論闘争をやるほどのものではないにしろ、なお、その臭味がある。そこで、百姓は・・・ 黒島伝治 「選挙漫談」
・・・後の銃後と相俟って、旅順攻囲の終始が記録的に、しかも、自分一個の経験だけでなく、軍事的知識と見聞をかき集めて、戦線を全貌的に描き出そうと努めてある。しかも、多くを書いてあるのに、視野は広いとは云えないし、自由でもない。客観的な現実はそのまゝ・・・ 黒島伝治 「明治の戦争文学」
出典:青空文庫